世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

国家崩壊 ー「カダフィ殺害から一年後」のリビア

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         2012年10月、カダフィ軍の最後の拠点だった Sirte


米「大統領選」を左右するベンガジ「米大使殺害」の波紋

                              山上 真

 今日10月20日は、リビアSirteで「独裁者」カダフィが捕えられ、殺害されてから丸一年目になる。
 
 この殺害に関して、10月6日付・*仏インターネット新聞 'MEDIAPART’ は、サルコジ前大統領がカダフィ政権から多額の資金援助を受けていたことが発覚するのを恐れて、仏情報機関員を使って殺害させたことを暴露している。この記事の件については、リビアの前暫定首相ジブリル氏も認めている。
 当時は、現地反政府軍がカダフィを直接捕えて虐殺したと報じられていた。

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          2007年12月10日エリゼー宮でのサルコジとカダフィ

 10月10日、ニューヨークに本部を置く国際人権擁護団体HRW(Human Rights Watch)は、カダフィの息子Mutassim 及び同行していたカダフィ軍兵士66人が捕虜になった後、虐殺されたことを、「戦争犯罪」として告発した。
 
 これらの事実について、「人道上の理由」という大義を掲げて反カダフィ勢力を公然と支援していた米・英・仏及びNATO軍の首脳が口を閉ざしているのはどういうことだろうか。

 リビア政変「一周年」に因んで、英国BBC・仏RFIなどTV・Radio局及び、新聞などのメディアが「リビアの現状」を特集しているが、最近起こったベンガジでの「米大使殺害」事件に象徴される様に、リビアでの政治・社会状況は混沌を極めており、押し並べて明るい展望を語るには程遠い内容になっている。
 

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 本文では、10月19日付英国『ガーディアン』紙の、「ムアマール・カダフィの死から一年、最終攻撃の為に武装勢力が結集する」—原文<参考資料>参照—と題する記事を中心に取り上げてみたい。

 記事では先ずカダフィの亡骸が砂漠の何処に埋められているかを問うが、90%の国土が砂漠の国では、空しい問いだ。未だにその信奉者がリビア国内に多数いて、特にリビア中部Bani Walid では、カダフィ残党が立て籠っており、リビア新政権の支配を頑強に拒んでいる。それのみならず、彼らは、カダフィを捕えたミスラタ民兵数人を拉致して、一人を殺したという。

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         カダフィ残党の町Bani Walid 攻略準備の政府軍民兵

 そんな訳で、新政府側としては、カダフィ派の唯一の拠点Bani Walid を攻略する必要に迫られているのだが、首相が交代したり、閣僚が決まらず、政権を構成する各部族が反目し合い、戦車数十台や多数のロケット砲を具備する武装民兵が絶えず衝突を繰り返す状況では、僅か一拠点を崩すことさえ容易ではないというのだ。

 新政権に従わない強力な民兵勢力を擁する拠点としては他に、カダフィの息子Saif al-Islam を捕えた儘、その身柄を政府側にも、彼を国際手配したICC(国際刑事裁判所)にも引き渡さない山岳都市Zintanがあり、サハラ・スーダン・チュニジアに接する広大な国境地帯では、木材などの密輸に従事するギャング集団が政府側の支配を全く排除しているという。

 新政権が基本的市民生活を保障し得ない「無能さ」の実例として、首都トリポリの旧カダフィ拠点Ban Azizaに積み上げられた「ゴミの山」がTV映像などでも頻繁に取り上げられている。更には、10月15日付『ル・モンド』紙に依れば、120人の一般犯罪者がトリポリ・Jedaida刑務所から脱獄しており、数人しか捕まっていないという。


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 そのような状況の中、反カダフィ・新政権の中枢拠点ベンガジで、リビア駐在米国大使Christopher Stevens 氏など4人が殺害されたのであるが、この事件は、米大統領選挙戦の行方を左右する重大さを帯びるに至っている。オバマ政権、特にクリントン女史率いる国務省は、常日頃、「カダフィ打倒」を遂げたリビア政変を米国の軍事・外交力の成功の模範のように自画自賛して来ただけに、「大使殺害」事件は、大統領選・対立候補ロムニーに「安全保障上の重大な失策」として追及される絶好の材料となった。未だに殺害犯人は把握されず、当初疑われた過激派イスラム原理主義者ではなく、アルカイダ一派だったのかどうかも分かっていない。オバマが主張するように「必ず捕まえる」べく、米国特殊部隊が構えているが、現地治安状況が悪く、犯人捕捉の目処すら立っていない。

 今や、リビアが「誰もが殺し合う」様相を呈している「ソマリア」になるのではないかという危惧を抱く人々が増えており、トリポリ近郊に住むTawarga族の中では、「カダフィ時代」の治安と暮らし易さを懐かしむ人々が圧倒的になっているということだ。

 こうして、欧米・NATO が「民主主義・人権擁護」を大義として、積極的に軍事介入したリビアでは、戦争による数十万人に及ぶ犠牲者を出した果てに、幾多の人々の苦難が続いており、改めて「戦争」という手段に依る問題解決の是非が問われていると言わなければならない。 (2012.10.20)

*<注> 1. 10月6日付 'MEDIAPART'記事(一部)

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 反カダフィCNT「政権移行委員会」Obeidi氏(仏軍特殊要員がカダフィを直接殺害したと述べる)、前方は議長 Maustapha Abdejalil 氏

Kadhafi « exécuté » : les révélations d’un agent libyen
02 OCTOBRE 2012 | PAR FABRICE ARFI ET KARL LASKE
Dans un entretien à Mediapart, Rami El Obeidi, ancien coordinateur du renseignement extérieur auprès du Conseil national de transition (CNT) libyen, assure que « des agents français ont directement exécuté Kadhafi ». Selon lui, « la menace d’une révélation d’un financement de Sarkozy en 2006-2007 a été suffisamment prise au sérieux pour que quiconque à l’Élysée veuille la mort de Kadhafi très rapidement ». L'attaque aérienne ayant visé le convoi de Kadhafi était « dirigée par la DGSE et des responsables à l’Élysée ».

2. 10月27日付 'MEDIAPART' (記事一部)「サルコジーカダフィ:議員が調査を要求」

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「サルコジ・カダフィ疑惑」議会調査を求める仏社会党議員(MM. Mamère, Goldberg, De Rugy, Bays, Amirshahi, Lambert, Denaja, Hammadi, Coronado, Leroy)
 
「贈収賄、外交上の闇、戦争、武器売買、証拠隠滅、黙秘などの疑惑:その関係種類は爆発的だ。カダフィの死から一年、多くの与党議員たちがフランス・リビア関係に関しての議会調査・委員会を要求した。事実についての告発と警告だ」
Sarkozy-Kadhafi: des députés réclament une enquête
26 OCTOBRE 2012 | PAR FABRICE ARFI ET KARL LASKE
Soupçons de corruption, diplomatie parallèle, guerre, ventes d’armes, témoins en fuite ou réduits au silence : le dossier est explosif. Un an après la mort de Kadhafi, plusieurs députés de la majorité demandent une commission d’enquête parlementaire sur les relations franco-libyennes. Déclarations et rappel des faits.


<写真・資料> The Guardian, Le Monde, MEDIAPART, The New York Times


                    <追記>
1. 10月20日付のBBC News HP は「リビア・カダフィの死から一周年:未完成の仕事」と題する現地ルポを掲載しているが、現実にリビアが抱えている否定的問題の全てが「カダフィ独裁」の齎しているものとして、現指導部の「無能力」を免罪するお粗末な内容だ。米国の場合と同様に、多くの個人がAK(自動小銃)とか RPG(対戦車ロケット発射器)などの大量殺人武器を所持するようになってしまった国の「暗い将来」を描く結果となっている。 (2012.10.21)


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2011年8月、旧カダフィ政権・情報相 Moussa Ibrahim: 英国Exeter Univ.及びUniv. of London SOAS(東洋・アフリカ学院)博士課程修了、英語堪能、夫人はドイツ人ーリビア戦争中は、西側「帝国主義・軍事介入」の不当性を非難しつつも、交渉による解決を訴えた。


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10月20日、Bani Walid で「戦死」の Khamis Gaddafi(カダフィ七男): 陸軍士官学校出身、後モスクワ・軍事アカデミー、スペイン・ビジネススクールなどで学ぶ。


2. 「カダフィの死から一周年」の昨日辺りから、リビア「反カダフィ」新政権当局は根拠の薄い「怪情報」を流している。一つは、副首相Abouchagour 氏が、カダフィ時代の情報相であり、西側への「侵略弾劾」メッセージを繰り返し発信した報道官であったMoussa Ibrahim 氏はトリポリ南東50kmのTarhouna で逮捕されて、目下首都に輸送中である、と公表した。ところが間もなく、同じ政府の報道官は、民放TVのインタヴューを受けて、「政府は旧政権のいかなる人物の逮捕も公式に発表していない」と述べて否定した。その発言と殆ど同時に、インターネット・Facebook を通じて、本人Ibrahim の「自分の逮捕が報じられているが、Bani Walid に居る我が同志たちに対してNATO軍の反逆者たちによって犯される犯罪への注意を逸らす為の企てだ」と述べる音声が響き渡った。BBC など欧米メディアの多くが「真に受けて」世界中に発信した特ダネは、如何にもあっさりと反古となってしまったのである。実は、2011年9月以来、Ibrahim は反カダフィNTC側によって5度に渉って「逮捕」されたのであるが、いずれも反カダフィ軍民兵を「励ます」為の誤報だった。さあ、今回はどうなるのだろうか。
 二つ目の「特ダネ」は昨日10月20日付英国『ガーディアン』紙が、リビア政府報道官Omar Hamdan 氏の声明として、カダフィの最年少の息子Khamis Gaddafi は、戦闘が最近再開されたばかりのBani Walid で戦死したことを報じている。その遺体がミスラタに運ばれている所だとする以外に、何の説明が無いという。「父カダフィが去年死んだ同じ日に、28 才の Khamis が死んだ」とする話は、やはり又、「怪しい」と見る方が自然だ。実は、Khamis もNTC側によって、「幾度か」
殺されたことになっているのだ。とにかく、これまで数え切れない位、反カダフィ・NTC政権は虚偽情報を流しており、そのことに何の恥じらいも無いのである。彼らは、新政権が大きく躓いていることを知っており、もしカダフィ一族・関係者の誰かが生き残って力を回復するようなことにでもなれば、権力を引っくり返されるのではないか、という怖れを抱いていることが想像される。このことは、英・仏・米など西側指導層も同様だろう。 (2012.10.21)

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          10月21日トリポリ、Bani Walid への攻撃に抗議する人々

3. 昨日21日の『アル・ジャジーラ』が伝える所に依ると、同日首都トリポリの議会前に数百人のバニ・ワリド出身者などが集まり、同市への政府軍・民兵による攻撃に反対して、激しい抗議デモを展開したという。この攻撃で、政府軍・民兵側だけでも少なくとも30人が死亡し、約200人が負傷しているということだ。(2012.10.22)


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      10月22日フロリダ・Lynn Univ.での米大統領選「最終討論会」

4. 今日午前10時(現地22日21時)からフロリダ州 Boca Raton、Lynn 大学で始まった「第三回米大統領選・論戦」では、対外政策が中心的テーマとなって、イラン・シリア・リビア・アフガン・パキスタン・中国についての問題が論じられた。ロムニー候補は「好戦派」というイメージを薄めるべく、盛んに 'peaceful solution' (平和的解決法)という言葉を口にして、選挙民に安心感を与える作戦に出ていた。一方オバマは、リビアでの米空軍を含むNATO軍空爆がカダフィを打倒に導いたと正当化して、「米大使殺害」事件の「国民的衝撃」を弱めようと努めていた。両者共、リビアでの深刻な現況を偽って、「上手く行っている」印象を与えようとしていたのは、米国の伝統的中近東政策が「袋小路」に陥っている事実を隠そうとする「足掻き」と受け取れた。 (2012.10.23)

5. Bani Walid は24日までに、政府軍・民兵が既に無人地帯になった状態で「陥落」させた様だ。前述のカダフィ七男 Khamis に就いては、仏『フィガロ』紙(10月25日付)が虚報としており、既に2011年に「戦死していた」という見方だ。Ibrahim に就いては、その後、何の情報も無い。
(2012.10.25)

                 <参考資料>
1. 10月19日付英国『ガーディアン』紙 ー 「ムアマール・カダフィの死から一年、民兵が最終攻撃の出動態勢を執る」

The guardian
One year on from Muammar Gaddafi's death, militias line up for final assault
Rebel forces prepare to resume battle for Bani Walid, last bastion of Gaddafi's former henchmen, while Libya's inexperienced leaders struggle to assert authority
Chris Stephen near Bani Walid
guardian.co.uk, Friday 19 October 2012 19.03 BST

"Nobody knows where Gaddafi is buried," said Abubaker Ali, a 29-year-old volunteer with the forces massed at the Sufageen forward base in the Libyan desert. Squinting towards the horizon where a pall of black smoke rose from the town of Bani Walid, hidden behind a line of barren hills, he said: "He's buried in the desert. But nine-tenths of Libya is desert."

Muammar Gaddafi was captured and killed by rebels a year ago on Saturday and buried somewhere under the rust-coloured sand. The location of the grave is a closely guarded secret, but in the same stretch of sand the same rebel forces – now wearing government uniforms – prepare a final push into the last of his strongholds. Bani Walid, 90 miles from Tripoli, was supposed to have fallen a year ago. Instead Gaddafi's former henchmen and officials have turned the town into a bastion.

The Libyan leader's bloody death is one of the images seared in Libya's collective memory. Trapped in Sirte, his birthplace, on the coast, he tried to escape in a convoy that was bombed by Nato on 20 October last year. Rebel forces found him hiding in a roadside culvert, and mobile phone footage of the time shows him being dragged away, kicked and punched, with blood running from a head wound. Shortly afterwards he was shot dead by an unknown gunman. His body was laid out on public display in Misrata, the hardest-hit of the rebel cities, before being transported south for burial.

The year since his death has been one of chaos and violence. In January pro-Gaddafi loyalists in Beni Walid rebelled, chasing government forces out of the town. Last month they kidnapped and killed one of the Misrata militiamen credited with Gaddafi's capture.
<中略>
The government, to no one's surprise, is divided over Beni Walid: government-appointed militias are conducting the offensive on their own initiative, with ministers sitting on their hands, in part for fear of civilian casualties. Beni Walid is only one of a dozen security headaches. The Islamist militia blamed for the killing of Stevens in Benghazi is now holed up in the forested Green Mountains, but army commanders surrounding them say they cannot get orders to move in. Smuggling gangs continue to battle one another along the southern border with Sudan and Niger and the western border with Tunisia.

The mountain town of Zintan, home of one of Libya's most powerful militia armies, continues to hold Gaddafi's son Saif al-Islam, refusing to hand him over either to the government or to the international criminal court. The government's own police force, the supreme security committee, is accused of standing aside in August and allowing Salafist extremists to bulldoze a Sufi Shrine in downtown Tripoli. Meanwhile, Libya continues to disintegrate. There is no central refuse collection in Tripoli, so mountains of garbage have built up amid the ruins of Gaddafi's former home at Ban Aziza.

On the highway east of the capital, plantations of trees created to halt the encroachment of the Sahara have been systematically cut down by criminal gangs selling the timber. Pensions go unpaid, schools struggle for books, and at the Libyan stock exchange chains of zeros on the glowing screens show the almost total absence of investor activity. Libya's Facebook generation, the young people who used the web to spread news of last year's revolution, is struggling with internet provision recently revealed to be one of the slowest in Africa.
<後略>

2. 10月21日仏RFI 「国際ラジオ」HP ー「リビア:カダフィの元報道官 Moussa Ibrahimの行方を巡っての混乱」

Libye: confusion autour du sort de Moussa Ibrahim, ex-porte-parole de Mouammar Kadhafi
REUTERS/Paul Hackett
Par RFI
Des annonces contradictoires se sont succédé ces dernières heures sur le sort de Moussa Ibrahim. Son arrestation a été annoncée par le bureau du chef du gouvernement libyen, par les médias officiels, puis les autorités ont commencé à manifester des réserves. Enfin, une personne se présentant comme Moussa Ibrahim a finalement démenti, sur internet, l'arrestation. Mais cet enregistrement lui-même n'est pas authentifié.

Où se trouve donc Moussa Ibrahim, l'ancien porte-parole de Mouammar Kadhafi ? L'homme qui, depuis le début de la révolte, incarnait devant les caméras de télévisions internationales le point de vue loyaliste. A-t-il été pu être arrêté par les autorités libyennes?

Alors qu'on le disait jusqu'ici en fuite à l'étranger, la rumeur de son arrestation a commencé à circuler, samedi 20 octobre en Libye, dans la matinée. Puis le gouvernement, dans un bref communiqué, a annoncé sa capture à un barrage de Tarhouna, à une cinquantaine de km au sud-est de Tripoli. Le vice-Premier ministre, Moustapha Abouchagour lui-même, a confirmé l'interpellation sur son compte twitter : «Le criminel Moussa Ibrahim, pouvait-on lire, a été arrêté et il est en route pour Tripoli.»

Quelques heures après, le doute commence cependant à naître quand le porte-parole du gouvernement libyen intervient sur la chaîne privée Libya Al-Ahrar. «Le gouvernement, indique-t-il, n'a rien donné d'officiel jusqu'ici sur l'arrestation de n'importe quel membre de l'ancien régime.»

C'est une déclaration, diffusée sur internet, qui a fini de semer la confusion. On y entend un homme, qui dit parler de l'extérieur de la Libye. «Je suis le docteur Moussa Ibrahim, affirme cette voix qui n'a pas pu être authentifiée. Au sujet des informations sur mon arrestation aujourd'hui», déclare cet homme, «il s'agit d'une tentative pour détourner l'attention sur les crimes commis par les rebelles de l'OTAN contre nos gens à Bani Walid.»

Les combats à Bani Walid, ancien bastion de Mouammar Kadhafi encerclé par les forces pro-gouvernementales, ont fait au moins 26 morts et quelque 200 blessés ces dernières heures.

3. 10月22日付英国『インディペンデント』紙 ー「リビアは旧カダフィ拠点征服を目指して戦う」

Libya fights for control of old Gaddafi stronghold
Richard Hall

Monday, 22 October 2012
Fierce fighting in a former stronghold of the deposed Libyan leader Muammar Gaddafi that has left more than 30 dead entered its fifth day yesterday, as the country's new government struggles to contain violence one year on from the dictator's overthrow.

The town of Bani Walid, which is still home to pockets of supporters of the former Libyan leader, has been under heavy shelling from pro-government militias for days as they try to regain control of the town.

Libya's state news agency said that 22 people were killed and a further 200 injured in the assault in the past two days alone, as hundreds of families fled to neighbouring areas.

In Tripoli yesterday, about 200 protesters muscled their way into the parliament building, demanding the fighting in Bani Walid stop and saying only civilians are getting hurt.

The clashes came amid confusion over the whereabouts of Gaddafi's former spokesman, Moussa Ibrahim. A statement from the Prime Minister's office on Saturday said militias had captured Mr Ibrahim in nearby Tarhouna. But this report was cast into doubt later that evening when an audiotape surfaced on the internet in which a man purporting to be Mr Ibrahim denied that he had been detained.

Mr Ibrahim, who became the international face of the Gaddafi regime as he met regularly with Western journalists in Tripoli during the Libyan revolution, is one of the few high-profile regime figures still unaccounted for; the others having been captured or killed.

Also said to have been killed in the fighting in Bani Walid was Khamis Gaddafi, the youngest son of the former Libyan dictator. Omar Hamdan, a spokesman for the Libyan National Congress, said the 28-year-old was killed "in battle", but did not give further details.

The government has previously made false claims regarding the capture of Gaddafi loyalists, and Khamis was reported dead on at least three separate occasions during last year's conflict.
by shin-yamakami16 | 2012-10-20 19:37 | Comments(0)