世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

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EUは死んだのか?

暗雲垂れ込める欧州連合の将来 

                               山上 真
 もう10年程前のことだが、その名をECからEUに変えた欧州連合がいよいよ具体化してきた時には、筆者は少なからず、欧州の前途に期待感を抱いたものだ。20世紀に於ける二度の悲惨な大戦を経て、欧州の地に再び戦火をもたらすことのないよう誓って始まった未曾有の実験に拍手を送らずにはいられなかった。
 
 国境を無くし、人の行き来を自由にして、通貨も統一するという壮大な計画は、ヨーロッパ人にとってばかりでなく、我々域外に住んでいる者にとっても、朗報の筈であった。身近な例を取れば、欧州旅行の際に、国境を越える度毎に通貨の両替をやっていた手間と手数料が省けるのである。欧州人からすれば、国境を越えて、どこででも働くことが出来るようになる。一見したところ、好いことずくめであった。
 
 このEUは、先ず通貨「ユーロ」の採用を巡って対立した。直ぐに採用した国々と、英国、デンマークなど北欧3国のように、自国通貨の安定性に自信を持ち、維持する国々に分かれた。
 
 東欧圏が参加し始めると、これらの国々の労働者は、より良い労働条件を求めて、英国、フランスなど西欧にどっと流入した。しかし、過大過ぎる労働力移動は、現地での労働条件低下をもたらした。斯くして英国では今、ポーランド、ルーマニアなどからの移民数を制限し始めている。一方、フランスでは、アフリカ大陸など、欧州以外からの「不法移民」を大量に追放している。
 
 企業体からすれば、国境自由化ということは、質の高い、豊富な労働力が得られる上に、労働コストの安い東欧などで工場を設けられるといったメリットがあり、好いことばかりだ。ここに、EUは所詮、「市場原理」を優先した構想ではないか、という危惧が生まれる所以がある。
 
 なるほど、EU410の条文では、'market' という用語が63カ所、'competition' が25カ所で使われているのに対して、'full employment' は1カ所、'unemployment' は0カ所に過ぎないというのだ。

 EUが、政治、外交、経済など全ての領域に渉って、各国の統治機構より優先される方向に向かう可能性が大いにあるが、一番大きな問題は、将来的にNATOに統合される恐れのある軍事機構である。現在のアフガニスタン情勢を見れば分かるように、米国が開始した戦争に、NATO軍を有無を言わせず派遣しているのである。当初、「イラク」を戦って余力の乏しい英国は、「アフガン参戦」に乗り気でなかった。フランスもつい最近まで、戦闘地域への派兵を躊躇していた。ドイツは現在でも増派を拒んでいる様子だ。
 
 米国が率いる戦争に加担し始めた原因の一つは、NATOに加わったばかりの東欧圏の多くの国々が、経済援助をちらつかせて接近を図る米国ブッシュ政権に迎合して、NATOの戦略全体に影響を及ぼしているからだ。これは、EUの方向を左右しかねない大きな問題を孕んでいる。もう一つには、長い間NATO軍への参加を躊躇してきたフランスが、サルコジ政権誕生を契機に、復帰したことだ。

 元来EUは、「戦略的パートナー」でありつつも、米国からの経済的、政治的独立性を確保するべく打立てた機構の筈なのであるが、ここに来て大いに変貌しつつある、というのが筆者の受ける印象だ。

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 去る6月13日に、EUリスボン条約は、その承認是非を問うアイルランドでの国民投票で、投票率53.1%の中、53.4% 対 46.6% で否決された。条約上、参加27カ国の一国でもNOとなれば、EU条約は発効することができない。2005年にフランス、オランダが国民投票で否決した後、少々手直ししたリスボン条約で何としても通過させたいのが西欧諸国の首脳たちの思惑だったのだが、見事に外れたのである。
 
 アイルランドでのEU参加否決の理由は、主として、これまでNATOに加盟しなかったアイルランドが軍事的中立性を保持できるかどうか、法人税率を低率に保てるかどうか、妊娠中絶禁止規定を維持できるかどうか、労働者保護などの問題が残ったからだとされる。
 
 英国は労働党優位の現議会での承認の後、批准することは間違いないが、もし国民投票が行われれば、「英国主権侵害」に反対する圧倒的な世論によって、否決されることは必定とされる。二年後の総選挙では、「EU条約反対」の立場の保守党が勝利することは間違いなく、再び採決されれば、否決される運命にある。

 こう見ると、EUが近い将来、正式に発足する見込みはなく、もし実現が将来的に可能だとすれば、加盟各国の実状を踏まえた、「緩やかな」条約に戻さなければならないことになるだろう。グローバリゼーションの「一環」としてのEU創設運動は、伝統的な「国民国家」の理念に容易には抗えないのである。


<注> 写真はAFPから得られたものである
by shin-yamakami16 | 2008-06-30 12:58 | Comments(0)

昔のパリは今何処?

                    
                               山上 真
 
 今年3月下旬、ロンドンからパリを訪れた。北駅に着くと、紺色の戦闘服を身に着けた国家保安部隊の兵士が自動小銃を抱えて要所要所に立ち、嘗ては和やかだった雰囲気が一変していた。
 翌日の朝、昼食時間に間があったので、公園の椅子に坐って新聞を読みながら春の心地よい陽光を浴びていると、コバルト色の空にちょっと目を遣った瞬間、細い白線を曳いた小さい飛行体が認められた。それが、気がつくと、空のあちこちにあるのだ。「ああ、ここでもやっぱり」と思ったのは、ロンドンでここ数年、しょっちゅう見かけている光景だからである。遥か高空を飛ぶ超音速戦闘機なのだ。ロンドンでの「同時多発テロ事件」以来、ニューヨークでの事件と同様の、航空機によるテロを防ぐ為に、殆ど連日、数機の戦闘機が幾条もの白い航跡を残しながら飛んでいるのが習慣化した。その光景が、このパリでも展開している。
 
 暫く前、サルコジ仏大統領が、これ迄のシラク前大統領の政策を大転換し、ブッシュ氏のイラク政策を支持することを表明したことで、ビン・ラデン率いるアルカイダが、フランスでの「テロ攻撃」を予告したことを英国の新聞で読んでいた。ターゲットとされる中に、エッフェル塔、ロンドン・パリを結ぶ鉄道「ユーロスター」が入っていた。小生、出発前から、内心穏やかならざるものを感じていたのである。
 「パリ、フランスは安心」という気持ちが、長くあった。イラク戦争から距離を置いているフランスは、大丈夫と思ってきたのである。今更ながら、一国の元首の行動(政策)が、斯くも社会の様相を一変させてしまうものか、ということを痛感せずにはいられなかった。パリは変わってしまったのである。
 
 変わったのは外交政策だけではない。「不法移民」を排除し、「社会の屑」は見捨て、「働けば働くほど報われる」社会、「国際競争に勝利する」国家への大転換が始まったのである。斯くして、社会保障制度の改悪、長期に渉る労働運動の成果である「一週35時間労働制」の見直し、学校教職員を初めとする公務員の大幅削減など、これ迄日本、英国などでよく目にする全ての現象が、このフランスでも、「サルコジ改革」によって開始された。
 
 このような強硬策は、フランス社会の様々な面で軋轢を生み出した。最悪の形では、去年来の数百台に上るバス焼き打ち事件だ。各地で若者たちによる暴動も発生した。
 
 CGT、FOなど基幹労働組合は、極めて強力な、かつ粘り強い抗議運動を展開し始めた。社会保障水準切り下げに抗議する身障者、人員削減に反対するリセーの学生・教員たち、裁判官、病院関係者などが一斉に立ち上がった。毎日、フランス中のどこかで、大規模なデモが展開されていた。参加者10万単位のデモも珍しいことではなかった。諸物価高騰の中で、賃上げストも頻発した。
  
 パリ滞在中の或る日、通りに面したインターネット・カフェでメールを書いていると、裏の方向から、何やらマイクを使った叫び声が聞こえ、それが一層大きな響きとなってきた。漸くそこでの「仕事」を終えて、騒音の元の方に行ってみると、「オペラ座」前の大通りは、群衆で溢れ返っていた。辺りの交通は遮断され、警官隊が整理していた。広場になった「オペラ座」前の空間では、様々なプラカードを持った人々の中で、車椅子の人々が目立ち、その数を増していた。口々に「福祉切り下げ反対」を叫んでいた。デモの隊列は、バスチーユ方面から延々と続いていた。

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 フランスを訪れる度毎に気付くのは、ホテル代、食費など殆ど全ての経費が高くなっている事である。過去10年間で、15〜20%の上昇、というのが実感である。通貨がフランからユーロに変わった際に実質的な値上げが行われ、我々日本人にとっては更に、2002年に 1 euro=109 yen だったものが, 現在は 1 euro=167 yen と、大変動したことが根本的原因であろう。日本経済が低迷していることと相俟って、パリを訪れる日本人旅行者、特に団体客はめっきり少なくなった。
 
 フランス、特にパリの持つ都市美、文化的特質の魅力は格別のものがある。「サルコジ改革」を克服して、早く落着きのある姿に戻って欲しいものだ。
 
by shin-yamakami16 | 2008-06-24 14:43 | Comments(0)
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                                 山上 真
英国兵戦死者、遂に100人を超える
 
 6月10日の英国各紙は一斉に、アフガニスタンで作戦中の英国兵三人が路傍に敷設されていた爆弾の炸裂によって死亡し、2001年の参戦以来、アフガン戦死者が100人に達したことを伝えた。特に『デイリーメール』紙は、「名誉の死」と題して、この100人全ての顔写真と氏名、死亡年月を公表し、「何が間違っていたのか?」と、アフガニスタンでの戦争について疑問を呈した。
 この戦争は、2001年9月11日の米国での同時多発テロ事件を契機に、アルカイダ撲滅を標榜するブッシュ氏が、アルカイダを支援しているタリバン掃討を目的として始めたものだが、当初、英国は米国を支持しつつも、首都カブール周辺を拠点として、民政安定を主な任務として部隊を展開したのであった。
 ところが、ブレア首相は2006年、タリバンの反撃が活発化したことに伴い、ブッシュ米大統領の要請を受けて、アフガン南部への兵力配置を決めた。当時の国防相ジョン・リード氏は、「英国軍はヘルマンドで一発の銃弾も発射することなく、これから数年の任務を終えるだろう」との期待を示した。ここが、戦闘能力を回復しつつあるタリバン勢力の心臓部であることを見逃していたのである。英軍指揮官が、「50年前の朝鮮戦争以来初めて」と表現する様な、壮絶な戦闘を強いられることになった。現地では、暗視装置などの装備が貧弱な上に、作戦展開に必須なヘリコプターが不足しており、このことが犠牲者を多く出していると指摘されているが、膨大な戦費を要したイラク戦争を抱えてきた後のことであり、国内財政は逼迫している。これ迄さえ、アフガン戦費は、年間16億5千万ポンド(3,465億円)に達している。
 
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英国ーアフガンの「危険な関係」
 
 19世紀の二つの戦争の後、英国の保護領にされたアフガニスタンの民衆の間には、必ずしも英国人を親切な友人とは思わない雰囲気が今なお残っているようだ。アフガンの母親が、子供に対して、「良い子にしていなさい。でなければ英国人が攫って行くよ」と言ったり、「英国人は悪魔」に喩えている気風が残っているとされる。このような風土にあっては、たとえ善意の作戦であっても、アフガンの指導者さえ、英国軍の存在を迷惑に思ったりするのである。最近でも、英国外交部と結びついたEU関係者がタリバン要人と「和平工作を行った」ことで、カルザイ大統領の激怒を買った。
 
 
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混迷するアフガン情勢
 
 英国政府は、「タリバンは殲滅されつつある」として、アフガン情勢が好転していることを事ある毎に強調しているが、6月10日付ガーディアン紙上の、現地派遣兵の証言が示すように、タリバンが混乱している様子はまるでなく、英国軍は相変わらず激戦を余儀なくされている。折しもミリバンド外相は10日、アフガニスタンでのタリバンとの戦いを、第二次世界大戦での「白きドーヴァー断崖の防衛」に喩えて、アフガン戦争がナチス・ドイツ侵略からの防衛作戦と同様の意味を持つことを国民に訴えている。タリバンが勝利することになれば、英国がテロの脅威に曝されるというわけである。
 しかし、米英を主体とするNATO軍は、最近の状況を見る限り、一層混乱に陥っている様子だ。6月10日には、米軍機がアフガン国境に近いパキスタン領内で誤爆して、タリバン兵と看做されたパキスタン兵11 人が殺された。当然の事乍ら、パキスタン国内での大規模な反米デモを誘発した。6月13日には、タリバン兵30数人がカンダハルの刑務所を爆弾攻撃し、15人の刑務官を殺害した上、400人のタリバンを含む1,000人以上の受刑者を「解放」した。これは、今度のアフガン戦争史上、連合軍側の最大の失敗になると見られている。
  6 月12日パリで開かれた「アフガン支援国際会合」で、日本はカルザイ政権に当面の措置として5.5億ドルの財政支援を申し出たが、政権内部、周辺の腐敗・汚職についての非難の声が欧米で高まっている。戦争の行方についても、見通しが立たない。この際改めて、2001年の「アフガン侵攻」が妥当なものだったのかどうか、検証するべきだと思う。

<注>使用写真は『ガーディアン』紙掲載のものである。

[追記]
 6 月12日、二人の英軍兵士が哨戒中に攻撃を受け死亡、2001年以来102人目の戦死者となった。
 更に加えて、6 月17日、ヘルマンドで哨戒中の車両が爆破され、女性一人を含む4人の英国兵が死亡した。ロンドンを訪れたブッシュ大統領との会談後、ブラウン首相が総計8,000名を超える迄の増派を発表したばかりであった。


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爆死したセイラ・ブライアントさんは、現地パッシュトゥー語に秀でた情報部員だった。

<注>セイラさんの写真は、『デイリーメール』紙掲載のものである。


<参考資料> Pakistan troops 'aid Taliban'
   http://www.guardian.co.uk/world/2008/jun/22/pakistan.afghanistan
by shin-yamakami16 | 2008-06-15 14:53 | Comments(0)

AKIHABARA惨劇

                               山上 真
 小生、あの日曜日、偶々千葉市川の知合いの所に行く前に、少し時間の余裕がありそうなので、秋葉原に寄って、最近の電気街の様子でも見ようと目論んでいた。自宅を出て、JR大森駅近くのそば屋で昼食をとっていると、テレビが臨時ニュースで、秋葉原での「連続刺殺傷事件」を報道し始めたのである。十数人が刺され、2人が心肺停止状態という。居合わせた客たち、店の人々もTV画面に釘付けになった。「これから行こうとしているのに、困ったな」と店の人に言うと、「犯人が捕まっていなけりゃ危ないよ」と言う。しかし、確認は出来なかったが、店を出る頃には、容疑者が捕まった様子なので、予定通り行ってみることにした。
 秋葉原駅に着いて、北口の広場に出たが、そこでは特に慌ただしい様子は無かった。しかし、少し離れた通りの方に目を遣ると、赤い警戒灯を点けた夥しい車両が通りの両側にずらりと並んでいる。近づいて見ると、これまた夥しい数の消防士、警官がせわしく現場検証らしい作業を続けている最中だった。群衆は、警戒線のテープぎりぎりの所迄並び、目を凝らして見守っていた。左手の方に行くと、白っぽい運搬車を3、4人の捜査員が検証している。更に通りの先には、路上の真ん中近くに、タクシーが非常灯を点滅したまま停車していて、これも捜査員が点検している。カメラを抱え、脚立を持った捜査員が現れて、撮ろうとしているのは、路傍1メートル四方の血痕であった。ああ、ここが現場の一つだったのだと、初めて分ったのである。周囲のあちこちで、人だかりが出来ているのは、報道関係者による目撃証言の取材の為であった。しかし、その時も、七人もの人々が命を奪われていることを、知る由もなかった。それを知ったのは、和食店で知人と会食し、8時近くに市川駅に戻ってきた時で、Y紙の号外が配られていたからだ。「七人死亡」の大きな活字が躍っていた。これには、大いにショックを受けた。
 既に1日半を過ぎ、事件の全容、容疑者のこと、不幸な被害者たちと親族、知合いの話など、語られている。海外メディアも、殆どトップで報道している。「犯罪率が他国と較べて低い中で起きる大惨事」という共通項に加えて、未だ一部ではあるが、事件の背景を深く探る内容のものも出てきている。例えば、BBCニュースは、「何がこの男を雑踏するショッピング街での凶行に駆り立てたのだろうか?唯精神錯乱した人物の、誰も予期し得ない行動として片付けられるのか?それとも、プレッシャーやストレスが非常に強いので、苦しむ人々が、悲劇的な結果を伴う悲劇的な行動へと駆り立てられる日本社会に於ける、何かより心配な兆候なのだろうか?」と結んでいる。
 容疑者の会社同僚の話、本人のメールなどを見ると、派遣社員としての不安定な雇用状態、生活困窮の様子が看て取れる。問題は、このような事情は、この容疑者に限ったことではないことだ。恐らく、数十万の同世代の若者が、呻吟の生活状態に陥っていることだろう。同じ悲劇を繰り返さない為には、行政が本腰を挙げて手を差し伸べなければならない。身近な社会の安全、安寧こそ、先ず行政が保証するべきことである。外国からの「ミサイル脅威」よりも。              (2008.06.10)
 
 

 
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by shin-yamakami16 | 2008-06-10 00:28 | Comments(0)
最下位英国の歎き
                                山上 真
 去る25日、セルビアの首都ベオグラードで開催されたヨーロッパ最大の音楽の祭典
『ユーロヴィジョン歌謡コンテスト』で、参加43ヵ国中、英国はまたしても最下位に甘んじた。
 今年の優勝は、ロシアのDima Bilanで、旧ソ連圏諸国の大部分の投票を得て、272点を稼いだ。2位はウクライナである。

 英国からは黒人歌手Andy Abrahamが出場して、素晴らしい歌唱力を披露したにも拘らず、僅かにサン・マリノとアイルランドの投票を得て、14点を稼ぐのみであった。
 因に去年は、最下位のアイルランドに次いで、フランスと同位であった。出場したのは、Scoochという白人のチームで、航空搭乗員に扮したシンガーの派手な踊りを伴っていたが、肝心の歌唱力は、音楽に疎い筆者から見ても、とても上出来とは言えなかった。

 この歌謡祭は、ヨーロッパで1億5千万人の視聴者を持ち、BBCは毎年、3時間以上の放映時間を割いて、中継しているのだが、自国のエンターテイナーの不振ぶりには忸怩たるものがあるに違いない。なにしろ、この10年間で、英国が10位以内に入ったのは、たったの1回に過ぎないのである。

 このような結果については、英国人の多くが、「どうも英国はヨーロッパ大陸の人々から不当な差別を受けているのではないか」といった感情を抱いているようだ。大陸側がEU統合で概ね団結し、共通通貨ユーロを使用しているのに対して、英国は将来の見通しが立っていない。何かと違和感を抱いたり、抱かれたりしているのではないか、という恐れが付きまとっているのである。大陸側でも、政府間ではともかく、一般民衆のレベルでは、「英国はちょっと違う。付合いにくい」といった感情が根強くあるようだ。恐らく、底流には、経済格差が歴然としていることがあるのだろう。ポーランドなど多くの東欧出身の労働者たちが英国に行き、低賃金で出稼ぎしている。
 マルクスの言う通り、下部構造が上部構造たる文化を規定しているのかも知れない。英国の歌手たちは、「自分の歌唱力が低いから」と気に病む必要はないだろう。個人の力を遥かに超える要因が働いているのだ。


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by shin-yamakami16 | 2008-06-05 19:49 | Comments(0)