世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

<   2009年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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苦難の中のイラク民衆とブッシュ・ブレアの「戦争責任」

                         山上 真
 
 2003年3月下旬に開始された米国・英国によるイラク侵攻から、早くも6年が経過した。戦争が終結した後も、激しい抵抗が続き、更には、新たに進入したアルカイダなどによるテロ攻撃が加わった。
 この間に、イラク人は少なくとも65万人、侵攻軍約4,600人が犠牲となった。(英国医学誌LANCET発表)
 

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 米国ブッシュ政権と英国ブレア政権は、「サダム・フセインが大量破壊兵器によって西欧を危機に晒している」からという何の根拠も無い理由を大げさに喧伝して、戦争に踏み切った。証拠がないと分かると、今度は、「サダムは独裁者だから打倒に値する」という理由に切り替えた。しかし、世界には他に幾人もの独裁者がいるのに、侵攻まですることはなかった。

 このような恣意的な侵略行為によって、平穏な生活を営んでいたイラク民衆は激しい戦火に晒され、生活基盤を奪われた。100万人以上の人々が国外に脱出することを余儀なくされた。

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 現在もなお、爆弾テロが続いている。この3月中に限っても、9日バグダッド東部警察学校で30人死亡。57人負傷、10日アブグレイブで33人死亡。46人負傷、11日バグダッド中心部で47人死亡。29日バグダッド中心部で、米国・イラク軍がスンニ派民兵と交戦し、4人死亡、15人負傷といった具合だ。
 
 現在のイラク民衆の生活状態について、英国紙『インディペンデント』(3月24日付)は、米英侵攻直後にバグダッドを逃れてロンドンに滞在していたイラク人記者が、帰国してルポする形で、現地の実情を紹介している。
 
 「嘗ては小型ミサイルの攻撃が心配されたバグダッド国際空港も、今は何の障害もなく、無事に着き、期待に胸が膨らんだのだが、両親の住む自宅に着いて直ぐに知ったのが、従兄弟と、近隣の友人が、何者かによって射殺されたという話だった」
 「生活面の不自由については、先ず、水道水がそのまま飲めず、煮沸したものを冷まして飲んでいること、気温が50度にもなると、水道がよく止まるので、溜めておかなければならないことであった」
 「食物では、新鮮な野菜、果物が手に入りにくく、食料品店に行っても何も無いことがよくある。有った時でも、昔とは較べようがなく、例えば、オレンジ10個が、英国では1ポンドなのに、ここでは、7ポンド(約1000円)する」

 「最も衝撃的なことは、自宅近くでも、嘗て通った大学でも、『どんな人のことも、他人に何も言うな。もし何かしゃべると、殺される』と告げられたことだった。サダム・フセイン時代には、サダムの悪口を言う自由は確かになかったが、今ではどんな事も言えず、昔より不自由になっていることだった」


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 これが、ブッシュ・ブレアが自慢していた「イラクの民主化」だとすれば、正に噴飯ものでしかない。彼らは、イラク民衆に与えた、想像を絶する苦難についての責任を取らなければ、それこそ不条理と言っていいだろう。

 イラクが、その埋蔵量でサウジ・アラビアと並んで誇る石油も、採掘施設の老朽化と、スタッフ不足、更には、数年前に1バレル150ドルだったものが、現在は50ドルに暴落したことが、マリキ政権と米国が目論む国家再建計画に重くのしかかっていると云う。
 米国オバマ政権も、「アフガニスタン」を抱え、撤兵計画を遂行することが精一杯で、とてもイラク再建に大規模援助をする余裕はない。

 日本のメディアも「イラク戦争6周年」の特集をやっていたが、例えばNHKがニュース番組で頻繁に、「イラクではテロも月に1、2回程度で、落ち着いて来ている」などという誤報をやる一方、歌手の踊りや、賑やかな街角風景を映して、「長閑さ」を殊更強調して見せていたが、どだい「疑心暗鬼」に囚われたイラク社会深層に迫るような取材の力量は、期待する方が無理なのだろうか。
 新聞社説も、『毎日』の「大甘な」ものを初めとして、NHKの報道姿勢と大同小異であった。そんな中で、『東京新聞』の社説が、米・英の「開戦責任」を厳しく追及していたのが印象的であった。

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             ロンドンの反戦デモ


 米国では、オバマ政権成立後初めて、「イラク・アフガン戦争」反対を唱え、米軍の即時撤退を求めるデモが、数千人規模で展開された。考えてみれば、「イラク戦争反対」だったオバマ氏は、未だ、国家指導者として、イラクでの米国の戦争行為についての謝罪を行っていないのではないか。いずれ、その時が来ると信じている。

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 率直に言って、私は、侵略によって他国の民衆に塗炭の苦しみを舐めさせたブッシュ・ブレア両氏は、旧ユーゴのミロシェヴィッチと同様に、戦争犯罪の容疑でハーグの国際司法裁判所で裁かれるべきだと思う。大国がやる事は、咎められることなく、何でも罷り通るとしたら、国際正義など無いと同然だ。  
                            (2009.03.31)

 

<写真> The Independent, Libération, The Guardian, Washington Post
by shin-yamakami16 | 2009-03-31 08:13 | Comments(0)
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                 Yamaguchi Tsutomuさん


遅過ぎた国の「原爆症認定」
                       山上 真

 去る3月25日の英国紙『ガーディアン』及び『デイリーメール』に、老いた日本人の原爆被害者の写真入り記事が掲載された。

 「93歳のYamaguchi Tsutomuさんは、第二次世界大戦末期の二つの米国原子爆弾『被爆者』として、公式的に認定された。彼は既に、1945年8月9日の長崎原爆投下の『被爆者』として認定されていたのだが、今回は、長崎原爆投下より3日前の広島原爆の生存者としても認められたのである」

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                   広島原爆

 「Yamaguchiさんは1945年8月6日、仕事で広島に行っていたのだが、その日にアメリカB29が原爆を投下した。彼は上半身にひどい火傷を負い、その晩はそこに居たが、翌日、故郷の長崎の町に戻った」

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                   長崎原爆

 「我々が知っている限り、彼が広島と長崎両方の原爆被害の生存者として公式的に認められた最初の人物だ」と、長崎市役所のMiyamotoさんは言う。
 「とても不運なケースだが、彼のような人は他にもいそうだ」

 「原爆症認定を受けると、国からの手当(月額13万7千円余り)、無料診察、葬儀費用を受けることが出来るが、二度の被曝だからといって、手当が増えるわけではない」

 「日本は唯一の被爆国であり、広島で約14万人、長崎で7万人が死亡した。
Yamaguchiさんは、これら原爆攻撃から生き延びた約26万人の中の一人であり、被爆者は、ガンや肝臓障害など、放射線被曝による様々な病気を発症している」

 「長年に渉って、数千人の被爆者が認定を求めて訴訟を起こしてきたが、日本政府は拒否してきた。最近になって漸く、厳し過ぎる認定基準を緩めている」


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                  原爆投下後の広島市


 例えば、原爆投下直後に、現地で救護活動に当たった人々を、原爆被害の認定から外すというような不合理さが改められるのは、全く当然のことだ。

 原爆被害者は、当時広島・長崎に居た外国人も含まれており、その数は数万人に達するとされる。こういう方々が幅広く救済されることが必要なことは言うまでもない。

 最近になって、米国の指導者層の中にも、僅かながら原爆被害に目を向ける人々が現れてきた。例えば、民主党ペロシ下院議長が去年広島を訪れた。近いうちに是非、オバマ大統領に二つの被爆地を訪れて欲しいものだ。彼の訪問は、「核兵器なき世界」の実現に大きく役立つだろうと確信する。                     (2009.03.27)
 
 

<写真> The Guardian, Daily Mail
by shin-yamakami16 | 2009-03-27 21:20 | Comments(4)
 
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批難されるハーパー政権の言論封殺姿勢

                       山上 真

 先週3月20日、アフガニスタンでの、朝鮮戦争以来最大とされるカナダ軍作戦中に、いずれも路傍のIED(即製爆弾)の爆発で、4兵士が死亡、8兵士が負傷した。
 死亡したのは、Scott Vernelli 28歳、Tyler Crooks 24歳、Jack Bouthillier 20歳、Corey Hayes 22歳の諸氏である。8人の負傷者の名前は公表されていない。

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          3月20日に死亡したカナダ軍4兵士

 このニュースを知ったのは、偶々英国左翼紙『モーニング・スター』紙上に、英国・下院議員ジョージ・ギャロウェー氏が、3月末予定のカナダ・トロントでの反戦集会での演説の為に渡航申請を出していた所、カナダ政府移民長官が、同氏の入国を拒否したという記事が出ていたのが、きっかけだった。

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 その辺の事情を知るべく、カナダ・メディアを調べていると、‘NATIONAL POST’ 紙など2紙に、「ギャロウェー」関係と併せて、同国兵士の戦死を伝える記事に「遭遇」したのであった。その前に、英国、米国、フランス、日本のメディアを見渡していたが、「カナダ兵士の死」に関する記事を目にすることが全く無かった。

 ジョージ・ギャロウェー氏は、イラク、アフガニスタンでの戦争の不当性を英国議会内外で厳しく告発し、最近では、英国からの支援物資・運輸隊を組織して、イスラエルによる「ガザ侵攻」後のパレスチナ地区「140万ポンド援助」をやり遂げた人物で、よく‘maverick’ (一匹狼)議員と呼ばれている。英国のイラク参戦時には、下院議会で2時間近くの「反戦演説」をものしたことでも知られている。

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          ギャロウェー議員とパレスチナ自治政府・ハニア首相

 
 移民長官Jason Kenney氏が、国境保安官による「国家安全保障上」を理由とする「ギャロウェー入国拒否」を認めたことは、カナダ保守党ハーパー政権が、既に116人の戦死者を出している「アフガン参戦」が国民の反発を一層かき立てる可能性があるからだろう。
「ギャロウェー反戦演説」が、国民の間に少なくない影響を及ぼして、少数与党の政権運営を危うくすることを恐れたのであろう。

 こうしたカナダ政府の「異常な」姿勢に対して、新聞紙上などで、「自由な言論を抑圧するもの」とか、「民主主義の死」を齎すものという多くの批難が浴びせられている。当のギャロウェー議員は、「尊敬してきたカナダ民主主義にとっての悲しむべき事態」として、移民長官を告発する意向だ。

 しかし、「カナダ軍兵士の死」を伝えない世界のマス・メディアは、どうなっているのだろうか。ニュースのジャンルを見ていても、「カナダ」の項目が何処にあるのか分からない場合が多い。そこに「情報の陥穽」があるのだろうか。
いずれにしても、非常に心配な事態だ。     (2009.03.22)



<写真> NATIONAL POST, The Star, Daily Mail
by shin-yamakami16 | 2009-03-22 16:19 | Comments(0)

中南米に衰えぬ変革の嵐

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エルサルバドルにも左翼政権誕生
                      山上 真

 去る3月16日、中米の小国エルサルバドルに新たな左派政権が誕生した。
 1959年のキューバ革命から数えて、中南米で11番目の、国民の選挙による左翼政権の成立である。


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 前テレビ記者のF.M.L.N.マウリシオ・フネス氏は、国民共和同盟(Arena) ロドリゴ・アヴィラ氏(国家警察長官)に対して、51.3% 対 48.7% の得票差で大統領に選ばれた。

 勝利したマルクス主義F.M.L.N.(Farabundo Marti Nationalist Front) は12年間に渉って、親米・軍事政権に対するゲリラ闘争を組織し、75,000人の犠牲者を出したが、1992年の内戦終結の協定成立後は、議会を通した変革の道を選び、今回は20年間のその努力が漸く実ったものである。
 
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 米国オバマ氏に倣って、 4期に渉る長期保守政権からの‘CHANGE’ を国民に訴えてきたフネス氏は、 ‘Yes, We Could’ と歓呼して党旗を振り、車の警笛を鳴らす群衆の前で勝利宣言を行い、世界規模の経済不況下の「国民の団結」を呼びかけた。


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「左翼・革新」政権樹立の国々


 中南米の変革を呼び起こす動因としては、米国流「新自由主義」による貧困と不平等の拡大が擧げられ、「市場原理主義」に基づく民営化路線の歪みを見直すことが新政権の主要な政策になっているが、フネス氏は、「穏健路線」のブラジル・ルラ大統領に倣い、米国系企業接収、国有化などのベネズエラ大統領・チャベス氏の「社会主義」路線を採らないことを明確にしている。そして、米国・オバマ政権との友好関係を強調している。


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嘗ては「米国の裏庭」と呼ばれたラテン・アメリカでの相次ぐ革新政権誕生は、「孤立したキューバ」の存在しかなかった数十年間前の状況からすれば、誠に隔世の感がある。キューバ革命成就後、ラテン・アメリカの新たな変革を夢見て、ボリビアの渓谷にその命を散らせたチェ・ゲバラの思想が、現在に至って漸く具現されつつあるかのようだ。
 今では、FOX Radioに言わせれば、米国自体が「社会主義」に向かおうとしているのである。確かに、オバマ氏の唱える「変化」が、世界的に起きている。
                 (2009.03.20)


<写真> The New York Times, Le Monde, The Independent, Wikipedia
by shin-yamakami16 | 2009-03-20 13:22 | Comments(0)
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論議を呼ぶサルコジ「改革」の対米「依存症」
                          山上 真

 去る3月11日、仏大統領サルコジ氏は、陸軍士官学校での演説で、NATO (北大西洋条約機構)の統合司令部への復帰を宣言した。
「フランスが国際舞台で、より強い影響力を行使する為だ」と説明した。

第二次世界大戦後の西欧の安全保障の仕組みとして設けられたNATOは当初、政治的協調の役割が主なものであったが、朝鮮戦争勃発、及びソ連との対立過程で、米国軍部の主導の下に、「反共産主義」の為の軍事機構の色彩を強めてきた。そこで、西欧諸国側と米国側の微妙な緊張関係が始まった。
 
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 1966年、フランス大統領シャルル・ド・ゴールは、米国とソ連・キューバとの厳しい対立関係、ヴェトナム戦争を巡っての米仏間の意見の相違、「中東危機」を契機とする米英との対立表面化によって、NATOの軍事機構からの離脱を宣言した。それは、ド・ゴール大統領の、当時の米大統領リンドン・ジョンソンへの、たった一通の短い手紙によって為されたのであった。

 《 La France se propose de recouvrer sur son territoire l’entier exercice
de sa souveraineté, actuellement entravée par la présence permanente d’éléments militaries alliés ou par l’utilisation qui est faite de son ciel, de cesser sa participation aux commandements intégrés et de ne plus mettre de forces à la disposition de l’OTAN.》
7 mars 1966

 『フランスは、同盟軍(NATO)の自国内での永久的存在によって、また領空の使用によって、事実上妨げられた主権行使の回復と、統合軍司令部への参加の中止、及び、今後NATO指揮下の兵力提供を行わないことを宣言します』 
 1966年3月7日

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 フランスは、ナチス・ドイツからの解放を、米英両国の全面的支援によって実現したという経緯を持つが、戦後欧州の主導権を両国に握られ、外交的にも不満が鬱積していた。
 ド・ゴール大統領は、米国の「核の傘」に入る事の危険性と不自由さを嫌い、独自の核戦力を具備することで、米国、ソ連に対抗する「第三勢力」としての欧州を構築しようとした。外交関係でも独自性を発揮して、欧米諸国で真っ先に中華人民共和国を承認した。

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         橙色がATO参加予定国、黄色が候補国

 サルコジ氏の親米路線は、ブッシュ政権当時から際立っていたが、経済的には米国型「市場原理主義」を模倣することによって、フランスの伝統的な、「社会主義的」労働習慣からの脱却を狙った。「よく働いて儲けよう」が口癖である。
しかし今、世界的不況と国内ゼネストなどに直面して、困難を極めている。
 
 軍事的には、前シラク大統領の「イラク戦争批判」姿勢から転換し、頻りにサルコジ自身や、クシュネル外相がバグダッドを訪れて、戦後復興への協力を申し出ている。これには、「バスに乗り遅れまい」とする実利的計算が働いているようだ。フランス国内産業のイラク進出、米英に次いで、遅まきながら石油利権の獲得競争に加わろうとする魂胆が垣間見える。
 以前には数百人規模の兵員派遣に留まっていたアフガニスタン戦線にも、大部隊を派遣して対米協調をアピールしている。しかし、「サルコジ以後」、既に10人以上の仏兵士が戦死した。

 サルコジ氏のNATO復帰路線の後ろには、東欧諸国が加わって拡大したNATOの、欧州大陸での主導権を握る事によって、「軍事需要」をフランス産業が引き受けるという意図がありそうだ。併せて、独自軍事力にお金をかけるよりも、NATO核戦力に頼った方が安上がりで済む、という打算がある。
 勿論、フランスの誇るミラージュ2000戦闘爆撃機など「ハイテク兵器」の売り込みで、一儲けしようという輸出戦略も働いている。フランスは、世界で第4位の武器輸出国なのだ。
 今度の「NATO復帰」を、フランス産業界が擧げて応援している証拠は、例えば、保守系週刊誌 ‘Paris Match’が「サルコジ発表」の翌日、59%の国民が支持しているという世論調査結果を流すなどの様子に見られる。どうも、「世論誘導」をしている風に見えてしまう。もし先程の数字が真実だとすれば、米国に、フランスで極めて人気の高い「オバマ大統領」が誕生した事が助けていると見ていいだろう。
 フランス政界では、野党左派は固より、中道派、そして与党UMP内でも、サルコジNATO復帰路線に大きな反対論が巻き起こっている。

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                  ヴィルパン前外相

 サルコジ批判派の急先鋒である前外相ドミニク・ド・ヴィルパン氏は、
‘Le positionnnement indépendant de la France est essentiel à l’équilibre
mondial. Est-ce que demain, intégrés dans l’Otan, nous aurions pu, nous
pourrions, maintenir la même position que celle que nous avons eue sur l’Irak? Ma conviction, c’est que non.’
「フランスの独立した地位は、世界的平衡を保つのに不可欠なものだ。NATOに統合された明日、我々が『イラク』で維持したのと同じ立場を採ることができるだろうか?私の確信では、ノーだ」と強い調子で語っている。

与党内では、元首相アラン・ジュペ氏など約40名の議員がNATO「完全復帰」に反対しており、3月17日の国民議会での採決に際して、棄権に回る者も少なからず出て来そうだ。

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             社会党・前首相ジョスパン氏

 社会党の元首相ジョスパン氏は、NATOへの「完全復帰」は、英国と同じ
‘ la fille aînée docile des Etats-Unis ‘「米国の従順な長女」
であることを避けるという左右両派の合意を壊すものだと批難している。

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              民主連合・ベイルー氏


 中道・民主連合のフランソワ.ベイルー氏は、
「このNATO『全面回帰』は、フランスの唯一性と独立性を損なうもので、取り返しのつかない誤りだ。サルコジは、大統領選挙中に一度も口にしたことの無い事をやろうとしている」と非難した。

 これに対して、国防相ヘルヴェ・モラン氏や、ソルボンヌ・歴史学教授フレデリック・ボゾ氏などが、NATO「再統合」がアメリカに追随するものでもなく、フランスの独立を危うくするものでもないと、反論している。

 一方、海の向うの米国・ペンタゴン(国防省)は3月12日、
「我々は、フランスが43年間の不在の後に、創設に貢献した同盟司令部に新たな地位を見出すことに歓喜している。フランス軍は、既にアフガニスタンで我々と共に勇敢に戦っているが、NATOの軍事部門への彼らの完全復帰は、改めて歓迎するべきことだ」という声明を出した。

 「世界恐慌」の様相を呈している今日、フランスでもあらゆる指標が経済危機を物語っている。今月19日には、労働者、学生を主体とした2度目のゼネストが計画されている。こうした中で、サルコジ政権が、経済復興政策、 NATO回帰政策などに対する国民の反応をどのように受け止めるのか、また、それらが成功するのか、その帰趨が注目される。     (2009.03.14)


<追記1> NATOは、1949年発足当時、本部がパリに在り、フランス全土に数多くの米軍基地が存在し、約5万人の米軍人が駐留していた。フランス離脱後、NATO本部はベルギー・ブラッセルに移った。

<追記2> 3月14日、アフガニスタンのカブール北東・Alasay渓谷でアフガン国軍及び400人の仏軍部隊と共に作戦中、フランス軍兵士1人が、ロケット砲撃を受けて死亡した。2002年以来の仏・アフガン作戦で26人目の戦死者となった。

<追記3> 3月17日の仏国民議会で、「NATO完全復帰」を承認する議案が、329対228で可決された。10人の与党議員が反対に回った。前回の総選挙で安定多数を握っているサルコジ政権は、現在「何でも出来る」状態だ。

<追記4> 一方、3月19日に予定されている、サルコジ政権の経済・教育・社会政策に反対する「ゼネスト」は、France 2 など幾つかのメディアに依ると、国民の約7割の支持を受けているということだ。



<写真> Libération, Le Monde, Le Figaro, L’Humanité, Wikipedia
 
 
 

 
 
by shin-yamakami16 | 2009-03-14 21:35 | Comments(0)
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                  大統領専用機上で


タリバン穏健派との交渉可能性示唆

                          山上 真

 再び記事出所は『ニューヨーク・タイムズ』紙であるが、3月8日付の同紙に依ると、オバマ大統領は米国がアフガン戦争に勝っていないことを率直に認め、「タリバンの ‘moderate elements’ (穏健派)に手を差し伸べるような和解過程への門戸を開いた」ことを明らかにした。
 それはイラクで、強硬派のアルカイダ勢力から、イラク・スンニ派武装勢力を引き離すことに成功したDavid H. Petraeus 将軍の戦略と同様のものとされる。

 このオバマ表明は、6日に大統領専用機’Air Force One’ 機上での『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタヴューを受けた際に行われたものである。

 このインタヴューでは、米国の抱える経済、環境問題などもテーマになったが、興味深い発言として、オバマ氏が米国を「社会主義に向かわせようとしている」という保守派の非難に反論し、
「私の諸政策は全く自由市場原理に則っており、市場への政府の大規模な介入と社会福祉計画はブッシュ政権の下で開始されたものだ」と語った。

 オバマ大統領は、アフガニスタンへの17,000人の兵力増派を発表したばかりだが、この2週間内に、10人近くの英国、カナダ、そして米国の兵士が相次いで戦闘及び、路傍敷設爆弾などで死亡している。
 一方、パキスタンのアフガン近隣Swat Valley では、タリバンとパキスタン軍が独自に和平を実現し、米国政府など西側を当惑させている。
 
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                 親タリバン派聖職者たち


 オバマ氏としては、極めて複雑かつ困難なアフガン情勢を確認した上で、これまでの「甘い」認識を改めて、新戦略を打ち出す必要に迫られている。彼にとっては、「恐慌」下で、何よりも国内経済政策を成功させることが至上命題である以上、戦費浪費の余裕はない筈だ。他の西側諸国も、厭戦気分が漲っている。
 要は、如何にアルカイダ勢力を封じ込めることが出来るかという事にかかっている。彼らからタリバンを引き離す方策が得られれば、米国などの「テロ根源排除」の目的は達せられる。今度の動きが、その第一歩になるかどうか、注目される所だ。         (2009.03.08)           
 

<写真> The New York Times 掲載のもの
 


 
by shin-yamakami16 | 2009-03-08 22:24 | Comments(0)
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オバマ氏は「ミサイル東欧配備」を放棄か?

                            山上 真


 3月3日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に依れば、オバマ米大統領は、3週間前にロシア大統領メドヴェージェフ氏に秘密書簡を送り、
「もしモスクワが、イランの長距離ミサイル開発を阻止することに協力してくれるなら、米国のミサイル防御システム・東欧配備を中止する用意がある」
と伝えたと云う。

 そこには、
「もしイランが核弾頭や弾道ミサイルを製造する努力を止めるなら、ロシアが強く反対しているミサイル迎撃システムを米国が進める必要はない」とも付け加えている。

 この書簡に対して、未だモスクワからの回答はないが、ラヴロフ外相は、ジュネーヴでクリントン国務長官に会った際に「何か」を言ったようだ。オバマ氏はメドヴェージェフ大統領と、4月2日にロンドンで初めて会談することになっている。

 米国とロシアの関係は、ブッシュ政権時代、この米国ミサイル東欧配備計画と、去年の「南オセチア・グルジア戦争」が元で、冷戦復活の様相を呈していた。
 オバマ新大統領就任直後に送られて来たメドヴェージェフ大統領の「祝賀の手紙」への返事の形で出されたオバマ書簡は、バイデン副大統領の言葉を使えば、’press the reset button’ (仕切り直し)の為の努力ということになる。

 オバマ書簡は、今年期限切れを迎える「戦略兵器制限協定」を延長することや、アフガニスタンへの物資運搬ルート開設の協力の件にも触れている。

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 これ迄、国内の反対を押し切って、米国ミサイルの受け入れを決めたポーランドとチェコの指導者たちは、今度の、彼らの頭越しの米露接近の動きによって苦境に立たされることになる。彼らは米国に対して、代償を要求することであろう。
 
『ニューヨーク・タイムズ』紙は、先の日曜日(3月1日)に、メドヴェージェフ大統領が モスクワ紙 ‘Kommersant’ のインタヴューで述べた言葉で、記事を結んでいる。
「我々は、米国の友人たちから前向きの合図を貰っている。この合図が具体的提案になると期待している。バラック・オバマ氏との最初の会談で、ヨーロッパにとって重要なこの問題を論じることを希望している」

 この報道を伝えているのは、これまでの所、米国以外では、フランスだけで、英国は全く触れずにいる。メディア、政治面を含めた英国とロシアの関係が未だ冷えきっている証左であろうか。  (2009.03.03)


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              ラブロフ外相とクリントン国務長官


<追記> 3 月6日ジュネーヴで、米クリントン国務長官と、ロシア・ラヴロフ外相が会談し、両国の最優先課題として、「戦略兵器削減条約」の新たな締結の為の交渉を開始することに合意した。これは、双方の核弾頭、ミサイル・爆撃機の大幅削減を目指すものである。
 一方、NATO理事会は、アフガン問題などでロシアとの接触を再開することに合意した。


<写真> Le Figaro, Google 'University of Texas Libraries'、BBC News 掲載 のもの
by shin-yamakami16 | 2009-03-03 22:52 | Comments(0)