世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

<   2011年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

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             2011.02.22 大地震直後の Christchurch


2010年9月「カンタベリー地震」の教訓は生かされたか?

                              山上 真

 先日2月22日午後零時51分にニュージーランド・クライストチャーチで発生した地震は、日本人留学生28人を含む200人を超える死者・行方不明者を出し、この都市の三分の一が取り壊される被害を齎した。地震規模はマグニチュード6.3という、被害程度と較べればやや低いものだった。


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               2月22日 クライストチャーチ


 この地震に先立つ去年9月4日午後4時35分、クライストチャーチ西方約45キロのカンタベリー地方で、マグニチュード7.0の地震が発生したが、幸いにして死者・行方不明者は無く、負傷者100人以上という軽微な被害で済んだ。しかし、クライストチャーチの少なからずのレンガ建物が損壊し、「液状化」などによる道路被害も出たという。余震は最大でマグニチュード5.4を含むものが地震発生後15時間で28回、同年11月までに2500回を数えたということだ。
今度の地震は、「カンタベリー地震」の「余震」という説も為されている。


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    去年9月4日の「カンタベリー地震」クライストチャーチ・被害現場


 このような経過を見ると、素人目からも、現今のニュージーランドが果たして観光地、或は「留学先」として、大々的に宣伝することが許される様な「適地」だったのか、かなり疑われる余地があるように思われる。

 去年の地震による「被害が少なかった」ことが、「自然の実態」を殆ど無視する結果となって、ニュージーランドという国家としても十分な対策を取らず、また、日本の観光関連業者も、必要な注意を怠っていたのではないか。

 今度の地震被害について、去年の地震で多くの建物に割れ目などの被害が発見されていたのに、そのままになっていたという警察当局の指摘も出ているようだ。また、クライストチャーチ中心部は、エイボン川の流域に造られており、液状化現象が起こり易いという事実も以前から指摘されていたという。

 こうして見ると、今度の地震被害は起こるべくして起こったことではないかという強い疑問が湧いて来る。「人事」で地震自体を避けることは不可能であるが、被害の方はかなり避け得たのではないか。例えば、去年の地震被害を受けた建築物を精査し、危ないものには立ち入らないようにしていれば、日本人留学生が多数行方不明になったCTVビルでのような悲劇は未然に防げたであろう。

 現在は、最大限の努力を払って、被害者救済を優先させることしかないが、地震の「防げた被害」について、今後の「徹底的な究明」が待たれるところだ。
                                     (2011.02.28)


<追記> 'Global Post' 紙によると、ニュージーランドの地震現地では、精神的ショックと混乱に依るストレスで、平時の50%も「家庭内暴力」が増大しており、自殺者も増えているという。
(2011.03.01)


<参考資料> 東京大学地震研究所

2010年9月 ニュージーランド南島の地震
ウェブサイト立ち上げ: 2010年9月4日

更新日: 2010年9月5日

2010年9月4日,午前1時35分(日本時間,現地時刻では午前4時35分),ニュージーランド南島のクライストチャーチ付近でマグニチュード7.0の浅い内陸地殻内地震が発生しました(USGSによる).日本時間9月5日13時30分現在,この地震による人的被害は,死者0,重傷2,軽傷約100となっています(CNNによる).

この地震に関する情報を本ウェブサイトにまとめていきます.(広報アウトリーチ室)

更新情報
この地域の震源分布を掲載
震源メカニズムを改訂(9月5日)
この地域での過去の地震を掲載
テクトニクス背景を掲載
基本的な情報を改訂(9月5日)
リンク
基本的な情報(USGS,GNS Science, CNNによる)
地震発生日時: 2010年9月4日午前1時35分(日本時間;現地時間午前4時35分)
震源の位置: 南緯43.55°, 東経172.18°,深さ10km
マグニチュード: 7.0 (モーメントマグニチュードMw)
地震のタイプ: 右横ずれ断層型
関連するプレート: オーストラリアプレート,太平洋プレート
近隣のおもな都市: Christchurch,震源から東約44km
人的被害: 死者0,重傷2,軽傷約100(日本時間9月5日13時30分現在)

テクトニクス背景
ニュージーランドのテクトニクスは複雑です.北島全域と南島北部はオーストラリアプレートに,南島中央部・南部が太平洋プレートに乗っています.北島では太平洋プレートが東から西へ年間約8cmでオーストラリアプレートの下に沈み込んでいますが,南島南部ではオーストラリアプレートが西から東へ太平洋プレートの下に沈みこんでいます.この両者の中間にある南島中央部では横ずれ断層が発達しています.

今回の地震は,この南島中央部のテクトニクスを反映した,右横ずれ断層メカニズムである可能性が高いと思われます.


世界のプレート分布図.『謎解き地震学 No.1』参照.(http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/charade/platetectonics/)

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ニュージーランド周辺のプレートテクトニクス.PB2002モデルより(http://peterbird.name/publications/2003_PB2002/2003_PB2002.htm)

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震源メカニズム
世界中で観測された,この地震による地震波の記録からWフェーズおよびP波の部分を取り出し,それぞれKanamori and Rivera (2008)およびKikuchi and Kanamori (1991)の方法で解析した.その結果(図1)とGNS Scienceが決定した余震の分布(図2)を併せて考えれば,ほぼ東西の走向で垂直に近い断層面で起きた,右横ずれのすべりによるMw 7.0程度の地震と考えられる.ここではWフェーズ解析による震源メカニズムを採用して断層モデルを作成し,それを用いて改めてP波データをインバージョンした.その結果のすべり分布(図3)を見ると,断層破壊は破壊開始点★から西に進展しており,東のChristchurchには非常に強い揺れはもたらさなかった可能性がある(横田・尹・川添・大木・纐纈による).


図1 Wフェーズ解析(左)とP波解析(右)による震源メカニズム


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図2. 余震分布(日本時間9月4日14時15分現在)


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図3. 有限断層モデルによるインバージョン結果(すべり分布)


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この地域の震源分布
ニュージーランドでの地震の分布と3ヶ所での断面図.黄色い星は今回の地震の震源の位置,黄色い三角は火山の位置,点は1973年以降の震源の位置,色は震源深さをあらわす.また,黒い実線はプレート境界(PB2002モデル).北部での断面(E-F)では東から西へ太平洋プレートがオーストラリアプレートの下に沈み込んでいるのが震源分布からもわかる.中央部での断面(C-D)では横ずれ断層のため震源は浅いものが多い.南部での断面(A-B)では西から東へオーストラリアプレートが太平洋プレートの下に沈み込んでいる.

データには,1973年以降のPDEカタログからM3以上のものを,また,GNS Scienceから2000年以降のM2以上のものを抽出しプロットした.断面図にはA-B, C-D, E-Fからそれぞれ幅50km以内にあるものをプロットしている.(西田・大木による)


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この地域での過去の地震(USGS,佐竹教授による)
1929年3月9日 Arthurs’s Pass(アーサーズパス)の50km南東でM7.1の浅い地震が発生した(死者はなかった模様).
1994年6月には今回の地震から40km北西でM6.7とM5.9の地震が起きているが,死者や被害はなかった.

リンク
USGS: “Magnitude 7.0 – SOUTH ISLAND OF NEW ZEALAND”
GNS Science: “shallow earthquakes within the last 60 days”(余震分布)
GNS Science: New Zealand Active Faults Database

                                   (2011.02.28)

<写真> The Daily Mail, The Press (New Zealand)
by shin-yamakami16 | 2011-02-28 16:55 | Comments(0)
菅政権「開国」の欺瞞を暴け

                            山上 真

 菅政権が米国及び財界の「要請」を受けて、6月に纏めようとしている「TPP(環大平洋経済連携協定)参加」計画について、漸く全国規模の反対運動が発足するに至ったことを、日本が「自立して生きて行く力」を喪失することを心配する一国民として、心から喜びたい。

 この「国民会議」は、民主党など各党から約180人の国会議員が参加し、TPPにかねてから反対している著名な経済学者・宇沢弘文氏が代表世話人になるという。この会議では、米・小麦・牛肉などの「関税撤廃」問題に加えて、人や物、カネの「移動の自由」が国民生活に対してどのようなインパクトを及ぼすのか、などの根本的影響を論議する場になるということだ。

 すでに筆者も本ブログで、数度に渉って「TPPの危険性」について触れているが、ここに、偶々出会って深く共感した「宇沢論文」を甚だ勝手乍らご紹介させて戴きます。


農業協同組合新聞掲載(2月25日付)


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         宇沢弘文氏(東京大学名誉教授・日本学士院会員)

提言

パックス・アメリカーナの惨めな走狗となって

◆TPP参加が意味するもの

 日本が現在直面している最も深刻な問題は、菅直人首相自ら「平成の開国」と叫んで、積極的に進めているTPP参加に関わるものである。
 TPPは、2006年5月、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国の間で締結された自由貿易協定を広く環太平洋地域全体に適用しようとする。2015年までに工業製品、農産物、金融サービスなどすべての商品について、関税、その他の貿易障壁を実質的に撤廃するだけでなく、医療、公共事業、労働力の自由化まで含めて、究極的な貿易自由化を実現することを主な目標に掲げて、政府間の交渉を進める。これまでオーストラリア、ペルー、米国、ベトナム、つづいてコロンビア、カナダが参加の意向を表明してきた。米国政府は東アジアにおける経済的ヘゲモニーを確保、維持するために、米国の忠実な僕として仕えている日本政府に対してTPPへの参加を強要している。
 貿易自由化の理念は、参加各国が同じ土俵に上って、同じルールにしたがって市場競争を行なうものである。このことが何を意味するのか、米国とベトナムを例にとって、農業に焦点を当てて考えてみよう。


◆ベトナム戦争がもたらしたもの

 ベトナム戦争の全期間を通じて、米国は、歴史上最大規模の自然と社会の破壊、そして人間の殺戮を行なった。米軍がベトナムに投下した爆薬量は、第二次世界大戦中を通じて全世界で使用された量の、じつに3倍を超えている。その上、ダイオキシンを大量に撒布して、森林を破壊し、すべての生物の生存を脅かす枯葉剤作戦を全面的に展開した。戦争が終わってから30年以上経った現在なお、奇形をともなった幼児が毎年数多く生まれている。広島、長崎への原爆投下にも匹敵すべき、人類に対する最悪、最凶の犯罪である。また20%近い森林はダイオキシンに汚染されて、竹以外の植物の生育は難しい。農の営みに不可欠な役割を果たす森林の破壊は深刻な傷跡を残している。
 他方米国は、英国植民地時代から何世紀にも亘って、先住民族の自然、歴史、社会、文化、そしていのちを破壊しつづけた。米国の農業は、先住民族から強奪した土地を利用して、氷河時代に蓄積された地下水を限界まで使って行なわれている。そして米国の都市構造、輸送手段、産業構造は極端な二酸化炭素排出型であって、人類の歴史始まって以来最大の危機である地球温暖化の最大の原因をつくり出してきた。


◆「開国」とは何だったか?

 このような極端な対照を示す米国とベトナムが、農産物の取引について、同じルールで競争することを良しとする考え方ほど、社会正義の感覚に反するものはない。米国とベトナムほど極端ではないが、同じような状況が世界の多くの国々について存在する。このことが、現行の平均関税の格差になって現われている。各国は、それぞれの自然的、歴史的、社会的、文化的諸条件を充分考慮して、社会的安定性と持続的経済発展を求めて、自らの政策的判断に基づいて関税体系を決めているからである。
 関税体系は、それぞれの国の社会的共通資本と私的資本の賦与量の相対的比率に密接な関わりをもち、経済的諸条件、とくに雇用に大きく影響を与えるだけでなく、資本蓄積の具体的な構成、さらに経済成長率にも影響を及ぼし、将来の経済的諸条件に対しても不可逆的な影響を与える。
 菅直人が「平成の開国」と叫ぶとき、「安政の開国」を念頭に置いてのことであろう。1858年井伊直弼によって締結された日米修好通商条約は、治外法権、関税自主権の放棄、片務的最恵国待遇からなる極限的な不平等条約である。
 「安政の開国」の結果、日本の経済、社会は、とくに農村を中心として、致命的なダメージを受けることになった。農村の窮乏、物価騰貴、それにともなう社会不安が、桜田門外の変、明治維新を経て、不平等条約改正への大きな流れを形成していった。しかしその道は厳しく、関税自主権の完全回復は1911年になってようやく実現した。
 その後も、日本の国民の多くには、列強に対する強烈な被害者意識が心の深層に厳しく残っていて、暴虐な軍国主義の台頭を許し、つぎつぎとアジアの隣国を侵略し、無謀な太平洋戦争に突入し、そして敗戦の苦しみを嘗め、挙句の果てにパックス・アメリカーナの惨めな走狗となってしまった。
 菅直人が虚ろな顔をして「平成の開国」と叫ぶとき、日本の首相としてこの歴史をどう考えているのだろうか。


◆自由貿易は人間を破壊する

 自由貿易の命題は、新古典派経済理論の最も基本的な命題である。しかし社会的共通資本を全面的に否定した上で、現実には決して存在し得ない制度的、理論的諸条件を前提としている。生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、全ての人間的営為に関わる外部性の不存在などである。
 この非現実的、反社会的、非倫理的な理論命題が、経済学の歴史を通じて、繰り返し登場して、ときとしては壊滅的な帰結をもたらしてきた。ジョーン・ロビンソンがいみじくも言ったように、自由貿易の命題は支配的な帝国にとって好都合な考え方だからである。十九世紀から二十世紀初頭にかけての英国、二十世紀後半の米国に象徴される。
 その結果、世界の多くの国々で、長い歴史を通じて大事に守られてきた社会的共通資本が広範に亘って破壊されて、図り知れない自然、社会、経済、文化、そして人間の破壊をもたらしてきた。


◆社会的共通資本を守るのが政府の役割

 社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置を意味する。
 山、森、川、海、水、土、大気などの自然環境、道、橋、鉄道、港、上・下水道、電力・ガス、郵便・通信などの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、金融、司法、行政、出版、ジャーナリズム、文化などの制度資本から構成される。とくに自然環境は、それぞれの国、地域の人々が長い歴史を通じて、聖なるものとして大事に守って、次の世代に伝えつづけてきたものである。
 社会的共通資本の管理について、一つの重要な点にふれておく必要がある。社会的共通資本の各部門は、重要な関わりをもつ生活者の集まりやそれぞれの分野における職業的専門家集団によって、専門的知見に基づき、職業的規律にしたがって管理、運営されなければならない。
 社会的共通資本の管理、運営は決して、官僚的基準に基づいて行なわれてはならないし、市場的条件によって大きく左右されてもならない。社会的共通資本は、それ自体、あるいはそこから生み出されるサービスが市民の基本的権利の充足にさいして重要な役割を果たすものであって、一人一人の人間にとって、また社会にとっても大切なものだからである。
 政府の経済的機能は、さまざまな社会的共通資本の管理、運営がフィデュシァリー(社会的信託)の原則に忠実に行なわれているかどうかを監理し、それらの間の財政的バランスを保つことができるようにするものである。政府の役割は、統治機構としての国家のそれではなく、日本という国に住んで、生活しているすべての人々が、所得の多寡、居住地の如何に関わらず、人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民の基本的権利を充分に享受することができるような制度をつくり、維持するものでなければならない。


◆パックス・アメリカーナと新自由主義、市場原理主義

 第二次世界大戦後、パックス・ルッソ=アメリカーナ、一方ではロシアの力によるロシアのための平和、他方ではアメリカの力によるアメリカのための平和がお互いに厳しい緊張関係を形成しつつ、世界中いたるところで、自然、歴史、社会、文化、そして人間を破壊してきた。
 1945年8月、日本軍の無条件降伏とともに始まったパックス・アメリカーナの根幹には、新自由主義の政治経済的思想が存在する。新自由主義は、企業の自由が最大限に保証されるときにはじめて、一人一人の人間の能力が最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいて、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。
 水や大気、教育とか医療、また公共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場と自由貿易を追求していく。社会的共通資本を根本から否定するものである。


◆国民の志をうち砕くな

 市場原理主義は、この新自由主義を極限にまで推し進めて、儲けるためには、法を犯さない限り、何をやってもいい。法律や制度を「改革」して、儲ける機会を拡げる。そして、パックス・アメリカーナを守るためには武力の行使も辞さない。水素爆弾を使うことすら考えてもいい。ベトナム戦争、イラク侵略に際して取られた考え方である。
 小泉政権の五年半ほどの間に、この市場原理主義が、「改革」の名の下に全面的に導入されて、日本は社会のほとんどすべての分野で格差が拡大し、殺伐とした、陰惨な国になってしまった。この危機的状況の下で、2009年9月歴史的な政権交代が実現した。
 しかし、国民の圧倒的な支持を得て発足した民主党政権は、大多数の国民の期待を無惨に裏切って、パックス・アメリカーナの走狗となって、卑屈なまでに米国の利益のために奉仕している。
 普天間基地問題に始まり、今回のTPP加入問題にいたる一連の政策決定が示す通りである。戦後60有余年に亘って、平和憲法を守り、経済的にも、社会的にも、安定した、ゆたかな国を造るために、大多数の国民が力を尽くしてきた、その志を無惨に打ち砕くだけでなく、東アジアの平和に恒久的な亀裂をもたらしかねない政策決定を行なおうとしている。心からの憤りを覚えるとともに、深い悲しみの思いを禁じ得ない。
(2011.02.14)


<追記> 経済評論家・内橋克人氏の「TPP批判」については、すでに昨年11月の本ブログでご紹介しているが、ここに、更めて同氏の論文をご紹介させて戴きます。

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                  内橋克人氏

農業協同組合新聞掲載(2月27日付)

むき出しの市場原理主義に対抗思潮を

 TPPについて東京発マスコミの「開国」一辺倒論ぶりは異様なものです。例えば去年秋の日比谷での大規模な反対集会について1行も報道していません。
 これに対して、地域社会に密着するジャーナリズムは違っておりまして、私が書いた『TPP開国論を問う』『市場原理主義 再び』といった反対論を大きく掲載しています。お手許に配ってあります資料をご覧ください(中国新聞、北海道新聞)。すでに崖っぷちに立たされている日本農業の背中をさらに押す、というような圧力が出てきた時、中央紙とはまるで違う対応をする。それがコミュニティ・ペーパーの特徴でもあるでしょう。ともあれ、いまやTPPをめぐって「国論二分」の状況になってきました。
 協同組合の中にもいまだTPPに関して態度を決めかねている方がいます。「まだ情報を収集中」などという、ある協同組合トップの方に私は率直に「情報が集まった時にはもう手遅れですよ」と申し上げた。
 菅直人首相は歴史上、幕末・明治を第一の開国、あたかも輝かしい開国であったかのごとく信じているようですが、蒙昧とはこのことをいうのでしょう。第一の開国こそは欧米列強への隷従的・片務的な「不平等条約」でした。相手国は一方的に関税を決め、日本は独立国家の当然の権利である関税自主権さえ奪われた。それから領事裁判権という名のもと、犯罪を犯した外国人を日本の法律で裁けない治外法権も強制されました。対等な関係における日本の「開国」がやっと実現したのは、第一の開国から60数年も経った第1次大戦後のことです。近代日本がいかに苦悶を迫られたか、それを菅氏はご存じない。
 「開国」という「政治ことば」に秘められた大きな企みが人々を間違った方向へ導いていく。「規制緩和」「構造改革」がそうでした。これに反対するものは「守旧派」と呼び、少数派として排除しましたが、今回も同じ構図です。「改革」とか「開国」とか、一見、ポジティブな響きの、前向きの言葉の裏に潜む「政治ことば」の罠、その暗闇に目を注ぎながら言葉の真意を見抜いていかなければなりません。「国を開く」などといいますが、その行き着くところ、実質はまさに「国を明け渡す」に等しい。「城を明け渡す」とは落城のことです。光り輝く近代化というイメージ、その実態は?と問わなければなりません。「第一の開国」についての詳細はお手許の資料に詳述してあります。


◆“四つの異様”

 TPPにつきまして事情はすでにご存じの通りです。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイといった4カ国に始まる多国間協定への経緯、またこれにアメリカ、カナダなどが参加表明するに至ったそもそもの理由など、基礎的、常識的な事情は省略いたしまして、なぜいまアメリカは「米主導のアジア圏」形成に向けて動き出したのか。TPPにかけるアメリカのしたたかな戦略性ということについて、考えを述べたいと思います。
 昨年10月、米国際戦略問題研究所(CSIS)と日本経済新聞社共催のシンポジウムで前原誠司外相は「(日本の第1次産業の割合は)1.5%。そのために(これを守るために)残り98.5%が犠牲になっている」と発言しました。場所も内容も不適切です。が、これを問題にするジャーナリズムは皆無でした。
 私はこれを「三つの異様」と呼び、第一に菅首相の開国論の異様、第二に前原発言の異様、そして第三に新聞・メディアの異様、三つを揃えて批判の論拠を書きました。こうしたあり方になびく日本社会全体の異様、これを含みますと「四つの異様」となります。
 ところで、CSISとはいったい何を研究するシンクタンクなのか。ワシントンのジョージタウン大学のなかにある。1960年代から長期間、アメリカの世界戦略に携わってきたこのシンクタンクをめぐっては、さまざまな説がありますが、今日はその部分は控えておきましょう。前原氏はこの機関と日本の大手マスコミとの共催シンポジウムの場で30分ほどの基調講演をし、そのなかで先程のような発言をした。アメリカにとってはまさに「舌なめずり」したくなるような言葉です。
 1990年代半ば、「多国間投資協定」(MAI)をめぐる大きな騒動がありました。
 米国のクリントン政権がこの協定を“21世紀における世界経済の憲法”とまで称して、多国間で資本、マネーに関する協定を結ぼうと画策していたのです。市民、NGOが気付いたときには、すでに、通商交渉に関して議会の承認なく大統領の一存ですべてを決めることのできる「ファストトラック」という手続き開始の直前。物事は進んでおりました。
 以後、全世界1000を超えるNGОが猛烈な反対運動を展開して結局、クリントン大統領は構想の撤回に追い込まれた。フランスのNGO・ATTACはじめ世界中の市民あげての一大反対運動が盛り上がったからです。1997年のことでした。日本から声を上げたのは「市民フォーラム2001」というNGОだけで、いってみれば日本は“ただ乗り”の形で難を逃れたことになります。だから、今回、市民も無防備なのかも知れません。

        <申し訳ありませんが、容量不足の為、中略させて戴きます>

◆マネーの意思

 イスラムでは「正当な労働の報酬以外は受け取ってはならない」という戒律があります。当然ながら「利が利を生むマネー」を正当化したり、壮大な不労所得を是認したり、というマネー資本主義は、少なくとも正面玄関から入っていくことはできません。利子を取らないイスラム銀行が世界中で伸びています。マネー資本主義にとってこれは大きな障壁です。マネーは運動できる場の領域が広ければ広いほど、利が利を呼び、高い蓄積を可能にする。こうしたマネーの意思はイラク・アタックのさなか、各所で実現に向けて展開されていたことが、いま明らかになってきました。世界のNGOが伝えています。
 たとえば米軍がバグダッドを攻めた時、彼らの戦車は汚水を飲み水に浄化できる「逆浸透膜」という精緻な技術の浄化装置を積み込んで進みました。
 バクダッドの南、ウムカスルスという街に米軍の部隊が入ったとき、その街では米空軍の猛爆のため水道水はじめほとんどのインフラが破壊されていて、住民は飲み水にもこと欠き、渇(かつ)えていた。やってきた米軍は真っ先に何をするか、それを現地にとどまったNGOが逐一、見届けた。米軍はまずその街の人びとに声をかけ、タンクローリー車の所有者を探した。給水車ですね。タンクローリーをもっている、というのは、むろんのこと富裕層です。名乗りを上げた富裕層に米軍は何を指示したか。「街の人びとは水に飢えているでしょう。ここに水があります。これを皆さんに無料で差し上げます。皆さんはこれを街の人びとに与えなさい。ただし、条件がある」と。それが「代金をとって売りなさい」ということでした。つまり飲み水を「商品」として売らせよう、ということです。
 タンクローリーの所有者たちは最初、「もらった水を売るということはイスラムの戒律からしてできない」と。しかし、目の前に喉の渇えた人びとがたくさんいる。給水された水を代金をとって売ってみる。すると、苦労しなくてもカネは入ってくる。「あ、これはいいな」と。次第に感覚が麻痺して、これはいい商売だ、と。つまり市場経済の餌付けですね。
 こうしたやり方はヘリテージ財団系のシンクタンクがマニュアルを作成した。レッスン1からレッスン10まで明示されている。米軍は忠実に実行していった。こうして先般、米軍はイラクから撤退しましたが、その後にはかつてのイスラム世界とは違う市場化されたイラク経済が残りました。国有企業の民営化が進み、銀行には外資が入り、それまで禁じられていた利益の海外送金も自由になった。
 こうした歴史からも明らかなように、経済的ルールの違う中国経済圏への対抗力(一面協調・他面敵対)をどう保つか、アメリカにとっては最重要のグローバル・ポリシーです。TPPに込められた戦略性、その網のなかに日本はからめとられていくでしょう。

◆大黒柱を抜く

 以上、TPP構想に込められた、これまで触れられていない、しかし重大な側面を指摘しました。TPPについてはひとまずこれくらいにして次のテーマです。
 日本経済を振り返りますと、昭和30年代後半から「貿易・資本自由化」が実施に移され、モノとカネの自由化がどんどん進められました。日米安保改定のもう一つの顔が日本市場の開放にあったことを知る人が少ないのに驚きます。小麦も大豆も粗糖も飼料用トウモロコシも、すべて自由化の対象として開放を迫られた。日本農業の大黒柱が、このとき、抜かれたのです。穀物すべてにわたる低い低い自給率への道が掃き清められた。いま、最後の砦、コメが狙いであること、そして背後にアメリカの長期にわたるグローバル・ポリシーがあること。何も、景気回復に必死のオバマ政権に始まったことではないこと、重ねて強調しておかなければならないでしょう。
お配りした『TPP開国論を問う』に、前原発言の虚妄について具体的な数字を挙げて反論しておりますので、じっくりお読み頂ければ、と思います。
 さて、いま、日本の自動車は25%以上が海外生産です。日本経済がこういう日本型多国籍企業、私は「グローバルズ」と呼んできましたが、わずか百社ほどのグローバルズにおんぶしておれば、国内での雇用力は衰退し、高度失業化社会に至ること、目に見えています。完全失業者350万人、雇用調整助成金で辛うじて保たれている雇用が199万人。そのほかに「雇用保蔵」が600万人超(GDPの需給ギャップから推計)。表に出た数字からは想像もつかない大量失業の現実です。
 誰が日本国内における雇用を守るのか。私は「ローカルズ」と呼んでおりますが、日本列島に固着して生きる中小企業、農業、そして協同組合などを措いてないこと、明らかなところでしょう。国内の地域社会に密着して生きていくほかにない日本人、そして地域に固着する社会的企業です。私たちはこれからますます“シンク・スモール・ファースト”(小さきもの、弱きものの利益から先に考える)という、ヨーロッパでは常識の思想性を深めていかなければならないと思います。
 私は地域社会に根ざした人間中心の経済について「人間主語の経済」、あるいは「理念型経済」と呼んできました。「市場」が主語でなく「市民」が市場を制御する社会です。そういう社会は可能かと、多くの実例を挙げて問うてきました。

◆自覚的消費者

 例えば北欧における「自覚的消費者」の積極的な育成が挙げられます。家電製品の場合、全ての商品にエネルギー・マークが貼ってある。ABCD・・・と。当初は価格の安い、しかし、エネルギー効率の悪いAが売れます。値段が安いから。ところが消費者のうちの自覚的な人びとが、いや、値段はやや高いけれども、電力消費の少ない、効率的なDのほうがよい、こちらを選択すべきだ、と。すると一般の消費者もDを選ぶようになる。Dの価格の中には地球環境を守るコストが込められている、とそう理解して選ぶ消費者が増えていく。するとDに量産効果が出てきて、AよりDのほうが安くなる。Dが一般化していくと、今度はさらにEという次の、もっと省エネの商品を開発する、といった具合です。そういう形で市場を市民社会的制御の下に置くわけです。
 またデンマークでは一般家庭の電気代に上乗せしてグリーン料金というのが課せられる。これを出資金として風力発電を行う市民共同発電方式が大きく育った。配電会社は市民共同方式による電力を高く買う一方、企業からは安く買う制度になっており、政策的に優遇している。市民の出資金は「グリーン証書」という証券となって流通していきます。
 また同国は原油価格の国際相場が下がっても国内の石油製品価格は下げないという二重価格制をとったこともありました。そのようにしてオイルショック時には1.5%だったエネルギー自給率がいまや180%となり、実力ある電力輸出国になった。因みに同国の食料自給率は300%です。
 ワイルドな資本主義、むき出しの市場原理主義、新自由主義の時代を超克していくためには、これに歯止めをかける「対抗思潮」というものを盛り上げていかなければならないでしょう。そのために協同組合の力の結集、内部の革新、そして「協同の協同」(協同組合間連携)が必要なのです。
 最後に「賢さをともなわない勇気は乱暴なだけであり、勇気をともなわない賢さなどはくそにもならない」というドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの言葉を紹介しておきたいと思います。ナチに弾圧されたケストナーは「賢さをともなった勇気」だけが人間社会を幸せにできる、と書き遺しました。いま、ケストナーの言葉のなかにこそ「協同組合人」が備えるべき資質の核心が込められているのではないか、そう信じています。
 こうした認識をいっそう深めるため、皆様のお手許にありますように、価値高い2本の論文が宇沢弘文先生から寄せられました。心から御礼申し上げる次第です。        (2011.02.08)
by shin-yamakami16 | 2011-02-25 12:27 | Comments(0)

バーレーン「血の弾圧」

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               2月16日 バーレーン首都 マナマ

ペルシャ湾「要衝」の民衆蜂起の行方は?

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 チュニジアから始まった「革命」運動はエジプトを経て、新たにリビア・バーレーン・イラク・イランにまで波及している。今や影響は、程度の差はあれ、北アフリカ・中東全体に広がっていると見た方が妥当だろう。

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                 2月18日 マナマ

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 今晩9時(日本時間)のBBC World TV が伝えている所に拠ると、ペルシャ湾岸小国バーレーンでは、警察・軍隊が深夜、「パール・スクエアー」に陣取って寝ていた2,000人程のデモ参加者を「何の警告もなく」催涙弾・ゴム弾などで急襲し、一帯の民衆を一掃したという。実弾も使われたようだ。この武力行使で5人が死亡し、少なくとも200人が負傷したようだ。更には、60人以上のデモ参加者が「行方不明」になっているという。軍当局が、夥しい数の戦車など装甲車両を現場に向かわせているのが目撃されている。


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                  2月16日 マナマ


 この日、首都マナマでは、約一万人の市民が、まるで「カーニバル」のような平穏かつ明朗な示威行動を繰り広げていた。一部の参加者は、エジプトの‘Tahrir Square’ の例に倣い、夜を徹した抗議行動を続けるつもりでいたようだ。まさか、「血の弾圧」が降りかかろうとは、つゆ予期していなかった。


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                 2月15日マナマ「真珠広場」


 バーレーンでは、少数派のスンニ派国王Khalifaが、事実上の「独裁制」敷いて、多数を占めるシーア派国民に差別的施策を強いてきた為に、多くの民衆の不満が漲っていた。そこに、「立ち上がり」の契機を与えたのが、チュニジア・エジプト「革命」であった。

 因に、この国の警察・軍は、国民の多数を占めるシーア派から構成されるのを防ぐ為に、国外から兵員を募ってきたという。これら「傭兵」は主としてパキスタン人から成り、米軍が共同して訓練しているということだ。

 バーレーンでの「反政府デモ」を、エジプトの事態とはまた別な意味で、極めて深刻な表情で見守っているのは、米国指導部、とりわけ、ペンタゴンだ。
 この島嶼国家の南部に、中近東一帯の米軍を統括する「第5艦隊」司令部が置かれているからだ。海運・石油輸送を担う世界的「要衝」であるスエズ運河・ホルムズ海峡に睨みを利かせる「中枢基地」に、何らかの影響が及ぶという事態は、絶対に避けなければならないのである。

 米政権の、例えばクリントン国務長官は、これまでの各国の事態について、「双方共に平和裏に」と訴えて、政権側の武力行使を控えるように求めてきた。今度のバーレーンの事態については、今のところ、何ら声明を出してないようだが、どうしたのだろうか。
 手酷い弾圧に遭ったバーレーン民衆は、今や「国王に死を!」と叫んでいるようだ。そんな中、「ここだけは別」として、よもや政権側の「弾圧姿勢」を認めるようなことは無いと思うのだが。                                   (2011.02.17)




<追記 1> 2月17日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙は、米国政府の置かれた「複雑極まる立場」を次のように表現している。(原文)

February 17, 2011
Bahrain Unrest Presents Diplomatic Puzzle for Obama
By MARK LANDLER
WASHINGTON — For the second time in two weeks violence has broken out in a restive Arab ally of the United States, confronting the Obama administration with the question of how harshly to condemn a friendly leader who is resisting street protests against his government.

This time it is Bahrain, a postage-stamp monarchy in the Persian Gulf, where the United States Navy bases its Fifth Fleet. At least five people were killed early Thursday when heavily armed riot police officers fired shotguns and concussion grenades into a crowd occupying a traffic circle in the capital, Manama.

Secretary of State Hillary Rodham Clinton called Bahrain’s foreign minister, Sheik Khalid bin Ahmed al-Khalifa, on Thursday to “express deep concern about recent events,” a State Department official said. Mrs. Clinton urged “restraint moving forward” and pushed Sheik Khalid, a member of the royal family that rules Bahrain, to speed up a program of political and economic reforms.

But President Obama has yet to issue the blunt public criticism of Bahrain’s rulers that he eventually leveled against President Hosni Mubarak of Egypt — or that he has repeatedly aimed at Iran’s leaders. Such criticism would be an even sharper break for the United States than it was in the case of Egypt, since just two months ago Washington was holding up Bahrain as a model of reform for the region.

What the administration does with Bahrain is likely to be a telling indicator of how it will deal with the balance between protecting its strategic interests, and promoting democracy — a balance some critics said it never properly struck in its sometimes awkward response to the Egyptian turmoil. What will make this diplomatic maneuvering even more complicated is Bahrain’s proximity to Saudi Arabia, another Sunni monarchy with even greater strategic value to the United States.

Though much smaller than Egypt, Bahrain is another pillar of the American security architecture in the Middle East. King Hamad bin Isa al-Khalifa, a Sunni Muslim, is a staunch ally of Washington in its showdown with Iran’s Shiite theocracy. In diplomatic cables made public by WikiLeaks, he urged administration officials to take military action to disable Iran’s nuclear program.Bahrain’s situation is also more complicated than Egypt’s because the uprising there is not purely a case of economically thwarted young people rebelling against a hidebound regime. It has a majority Shiite population that is expressing long-simmering resentments against the Sunni minority that rules with a tight grip.

The large Shiite population fans suspicions that Iran will seek to exploit instability there to extend its influence to the other side of the Persian Gulf, even though Shiite parties in Bahrain insist that this is not a religious dispute.

Another complication is that King Hamad, while hardly a constitutional monarch, allowed municipal and legislative elections last fall, for which he was praised by Mrs. Clinton during a visit to Bahrain in December.

“The fact that so many citizens voted was a strong demonstration of their resolve to take part in their public life,” she said. “I am impressed by the commitment that the government has to the democratic path that Bahrain is walking on.”

That history, as much as the headquarters of the Fifth Fleet, may explain why the administration has not been quicker to condemn King Hamad.

Bahrain, with its strategic location but its minuscule military, has been sheltered under an umbrella of American military protection for more than half a century, and since the Persian Gulf war in 1991 the military ties have become stronger. But while the Fifth Fleet calls the island its home base, that is mainly a matter of convenience rather than necessity to the United States Navy. The Navy has only 2,300 personnel there working in the comfort of an isolated compound, and making relatively little use of local port facilities for its major warships, which stay mainly at sea and at other anchorages. The island is a favorite place for shore leave in the Gulf, as the culture is relatively open and alcohol is openly available. The two militaries do train together and have even mounted joint combat operations.

 「バーレーン騒乱はオバマ政権にとっての外交的難題になっている」と題する、この記事の「大要」は次の通りである。

「米第五艦隊の基地でもあるバーレーンの『御し難い』ハマド国王に対するオバマ政権の対応の仕方は、明らかに先のムバラク氏に対するものと異なり、たとえスンニ派バーレーン権力が民衆に対して乱暴狼藉を働いても、明から様な非難を控えている理由は、つい2か月前に、バーレーンを中東の『模範的な改革』国と称えたからばかりでなく、ワシントンが戦略的利害関係と民主主義推進という命題とのバランスをどのように図るかという微妙な問題に直面しているからである。更には、この小国は、米国にとって一層大きな戦略的重要性を持つ、同じスンニ派王国サウジアラビアに接近した位置にあり、米国にとっては、ペルシャ湾を隔てて対峙するシーア派イランに備えた『安全保障機構』の、サウジと並ぶ大黒柱なのである」


<追記 2> 昨夜の「BBC 1 ニュース」によると、英国とバーレンとの関係は非常に深く、「金融センター」としてのマナマには、英国の主要な金融機関が進出しており、最近、ヘイグ外相がバーレーン国王と会見している。また、英国はバーレーンに催涙弾・機関銃など各種武器を売り込んでいるという。                               (2011.02.18)

<参考資料 1> 英国外務省

Press and Public Affairs
Foreign Office Minister comments on arms exports to Bahrain
17 February 2011
"In light of events we are today formally reviewing recent licensing decisions for exports to Bahrain," said Minister for the Middle East and North Africa Alistair Burt.

Speaking today, the Minister said:

“This government takes extremely seriously its arms export responsibilities and we have one of the most rigorous licensing regimes in the world. All export licence applications are scrutinised against the Consolidated EU and UK export licensing criteria and in the light of prevailing circumstances.

“We closely consider allegations of human rights abuses. We will not authorise any exports which, we assess, might provoke or prolong regional or internal conflicts, which might be used to facilitate internal repression, or which would in any other way be contrary to the Criteria.

“In light of events we are today formally reviewing recent licensing decisions for exports to Bahrain. We will urgently revoke licences if we judge that they are no longer in line with the Criteria.    (以下省略)


  <参考資料 2> 'The Independent'

Britain under fire for selling arms to Bahrain
Ministers accused of 'providing tools for repression'

By Alistair Dawber
Friday, 18 February 2011

The British Government has been heavily criticised for allowing arms sales to a number of Arab governments that have cracked down on pro-democracy protests in recent weeks, killing scores of people and injuring thousands more in demonstrations across the region.

Since it came into office the Government has granted permission for weapons sales to countries across the Middle East and North Africa, including a licence for weapon-makers to sell tear gas to the Bahrain administration. The Government also sanctioned sales of crowd control ammunition to Libya, combat helicopters to Algeria and armoured personnel carriers to Saudi Arabia.

A Department for Business report on weapons exports, published in the third quarter of last year, gave the green light to British arms manufacturers to sell a number of crowd control products to the Bahrain government, including "CS hand grenades, demolition charges, smoke canisters and thunderflashes".

Last night the government bowed to pressure on its position and promised to review "recent [arms] licensing decisions" for exports to Bahrain. But there was no mention of reviews of sales to other countries.

David Cameron and other leading Conservative cabinet ministers have long standing ties to Bahrain. A year before last May's General Election, the then Leader of the Opposition received a "gift of a fountain pen and half suite cufflinks and studs, provided by His Majesty Sheikh Hamad bin Isa Al Khalifa," the King of Bahrain. The present is listed in the Register of MPs' interests. Defence Secretary Liam Fox registered travel expenses worth £1,400 paid for by the Bahrain government.

Responding to the criticism last night, Foreign Office Minister Alistair Burt said that the government "closely considers" allegations of human rights abuses. He added: "We will not authorise any exports which, we assess, might provoke or prolong regional or internal conflicts, which might be used to facilitate internal repression, or which would in any other way be contrary to the [British Government's] criteria."

But that defence was met with short shrift from the government's critics. Pressure groups accusing ministers of propping up authoritarian regimes across the Arab world. "Government ministers claim they wish to support open and democratic societies in the Middle East but at the same time are aiding authoritarian regimes and providing the tools for repression," said Sarah Waldron, campaigns coordinator at the Campaign Against the Arms Trade (CAAT). "They don't just approve the sale of this equipment - they actively promote it. There should be an immediate arms embargo - but more importantly we should be asking why these exports were ever licensed in the first place."

Denis MacShane said that the idea of civilians dying because of British manufactured arms made him feel "physically sick". "With the protests spreading across the Middle East, I am very concerned that once Britain is going to be caught on the wrong side of history again, defending the indefensible," he said.

Equipment approved for export by the British government in the third quarter of 2010 included:

Bahrain

CS grenades, smoke ammunition, smoke canisters, tear gas/irritant ammunition, tear gas/riot control agents, thunderflashes. The Foreign Office said last night the licences issued over the past nine months for tear gas were for "trial/evaluation purposes". It added: "In addition there are a number of open individual export licences that have been approved. One of these includes equipment that can be used for riot control."

Libya

Tear gas/irritant ammunition, crowd control ammunition, small arms ammunition, ammunition for wall- and door-breaching projectile launchers. A large amount of military hardware including "military utility vehicles" and "military infrared/thermal imaging equipment" was licensed for temporary export. Items in this category are likely to be for display at a major arms fair, campaigners believe.

Algeria

Combat helicopters, military utility helicopters.

Saudi Arabia

Components for armoured personnel carriers. REFUSED: tear gas, riot control agents, thunderflashes.

 <参考資料 3> バーレーン軍備

Bahrain Defence Force
From Wikipedia, the free encyclopedia

Bahrain Defense Force
Service branchesRoyal Bahraini Air Force
Royal Bahraini Navy
Royal Bahraini Army
Bahrain Royal Medical Services
Leadership
Commander-in-ChiefKing Hamad bin Isa Al Khalifah
Manpower
Active personnel 9000 (approximate)
Expenditures
Percent of GDP 6.3% (2004 estimate)

The Military of Bahrain (well known as: Bahrain Defence Force, or BDF in short) comes under Bahrain's Ministry of Defence. It numbers about 9,000 personnel and consists of the Royal Bahraini Air Force, Royal Bahraini Army, Royal Bahraini Navy and the Bahrain Royal Medical Services. Apart from the BDF, the public security forces and the Coast Guard report to the Ministry of Interior. Bahrain, in conjunction with its GCC partners has moved to upgrade its defenses in response to the threat posed by the Iran-Iraq and Persian Gulf wars. In 1982, the GCC gave Bahrain $1.7 billion to help improve its defenses. Bahrain's defense spending since 1999 has been steady. The government spends around $320 million annually on their military. After the Gulf War, Bahrain received additional military support from the United States, including the sale of 54 M60A3 tanks, 12 F-16C/D aircraft, and 14 Cobra helicopters. Joint naval, air and ground exercises also have been planned and executed to increase readiness throughout the Persian Gulf. Bahrain and the United States signed a Defense Cooperation Agreement in October 1991, granting U.S. forces access to Bahraini facilities and ensuring the right to pre-position material for future crises. In 2003, George W. Bush designated Bahrain as a major non-NATO ally of the United States. Since 2003, Bahrain has been granted over $100 million in Foreign Military Funding to pay for various high profile weapons systems, to include an AN/TPS-59(v)3B Early Warining Radar, Large Aircraft Counter-InfraRed Measures (LACIRM), Air-to-Air Missile Avoidance System for the King's Plane (Boeing 747-400), as well as an Avenger Air Defense Vehicle.


<追記 3> 2 月19日9時(日本時間)のBBC World TV ニュース及び『ワシントン・ポスト』紙・電子版によると、バーレーン首都マナマ中心部を制圧していた戦車・装甲車両が一斉に市外に退去したという。これは、米国オバマ大統領がバーレーン政府の「弾圧政策」を強く非難した後、Salman bin Hamad皇太子が軍当局に、マナマ市外への退去を命じたことによるものと思われる。皇太子は「反政府運動」指導者との対話を呼びかけており、情勢の新たな展開が期待される。  (2011.02.19)


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                  2月22日 マナマ

<追記 4> バーレーン政府の「対話姿勢」や、シーア派政治犯数人の釈放発表にも拘らず、2月22日火曜日、「スンニ派支配打倒」を叫ぶ数万人のデモがマナマで繰り広げられた。23日付英国紙『デイリー・テレグラフ』は、予期されるバーレーン「政変」が、ペルシャ湾岸で対峙する二つの石油大国イラン・サウジアラビア間の「覇権争い」に、深刻な影響を及ぼすのではないかと米国政府が懸念していることを伝えている。22日、2隻のイラン艦船がエジプト政府の許可を得て、32年振りにスエズ運河を通過してシリアに向かう動きも、イスラエルばかりでなく、米国政府を甚く刺激することは間違いない「新情勢」だ。

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               22日スエズ運河を通るイラン軍艦



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          22日リビア・ベンガジの「反政府闘争」勝利を喜ぶ人々

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          イタリア・ベルルスコーニ首相とカッダーフィ



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               仏・サルコジ大統領とカッダーフィ


<追記 5> リビアでは、「カッダーフィ独裁・圧政」打倒を求める抵抗勢力が同国のベンガジなど東部地域を制圧したと伝えられている。戦闘爆撃機など手段を選ばぬ政権側武力による犠牲者は、650人以上と推定され、一部には、2,000人を超えると言われている。自称「革命家」のカッダーフィはその言葉に似合わず、「推定不可能な」程の蓄財をして、欧米などの銀行に隠しているということだ。「テロ国家」から「親欧米国家」に転じたリビヤの指導者・カッダーフィ大佐は、その独裁体制を「物ともせずに」この国の石油を求めたイタリヤ・ベルルスコーニ、英国・ブレア、フランス・サルコジなどと親交を重ねてきた。この国の今後の行き方が気になるところだが、AFP(通信社)は23日、ベンガジの反政府勢力である「アル・カイーダ」が「イスラム首長国を樹立した」と報じたようだ。フランスTV 5 Monde も、23日夜、リビアでの'Spectre d' Al-Quaida'(カル・カイーダの脅威)という番組を放映している。もしこれが真実であるとすれば、「カッダーフィ後」に、米国などの思惑と全く異なる事態が地中海南部に現出することになる。 (2011.02.24)




<資料・写真> The New York Times, Le Monde, The Guardian, The Independent,
Wikipedia, The Daily Telegraph
by shin-yamakami16 | 2011-02-17 23:38 | Comments(0)
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           2月11日、カイロ Tahrir Square で歓喜の民衆



軍事委員会「政権掌握」の今後は?

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 今日早朝、エジプト大統領ムバラク氏は辞職を決意し、紅海の別荘地シャルム・エル・シェイクに向かったという。


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 幾波に渉る激しい「反政権デモ」の前に、29年間の「強固な独裁」政権も敢え無く崩壊に帰した。

 「副大統領」スレイマン氏は、暫定的に「軍事委員会」が、「民主主義」政権の発足まで政権を担うことになると、国営TVで発表した。



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 以上のニュースを知ったエジプト民衆は、カイロ、アレキサンドリア、スエズなどの大集会で、一斉に歓喜の喚声を上げている。大きな犠牲を払って、漸く目指していた目的を遂げたのである。

BBC World ニュース(日本時間12日3:00AM)によると、「反ムバラク」デモに参加してきた前IAEA事務総長エルバラダイ氏は、「エジプトにとって最も偉大な日である」と語っているという。 

 とにかく、民衆と軍隊との衝突が避けられたことは、この上なく喜ばしい。
                                 (2011.02.12)



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               「若き将校」ムバラク


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                  2009年



<追記 1> この「エジプト2月革命」は、300人を超える死者と、数千人に上る負傷者の犠牲の上に打ち立てられた「大事業」であった。この際、「ムバラク独裁」という「悪の圧政」を支えた米国・西欧・日本などの「責任」は、徹底的に暴かれることになるだろう。

  <参考資料 1> 外務省
大臣のムバラク・エジプト大統領表敬(概要)
平成21年5月4日


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 5月3日(日曜日)、中曽根外務大臣は、訪問先のカイロ(エジプト)で大統領府を訪れ、11時から約20分間ムバラク・エジプト大統領を表敬しました。

表敬では、日エジプト二国間関係の他、中東和平をめぐる地域情勢等について、意見交換が行われました。
中曽根大臣からは、エジプトが和平路線を堅持し、穏健かつ現実的な地域大国として中東やアフリカの平和と安定に多大な貢献を行ってきたことを評価した上で、二国間関係について、エジプト・日本科学技術大学(EーJUST)をはじめ、様々な分野で協力が進展しており、エジプトが安定的な成長を遂げるために引き続き協力したいと述べました。ムバラク大統領からは、これまでの日本の協力に対して謝意の表明がありました。また、中曽根大臣からムバラク大統領に対し改めて訪日を招請したのに対し、同大統領からは双方の都合のよい時期に訪日したいとの回答がありました。
中東和平については、中曽根大臣から、我が国として二国家解決に向けた国際努力を支援し、対パレスチナ支援を継続する、パレスチナ諸派間の仲介等、エジプトの仲介努力を支持するとの考えを伝えました。これに対し先方からは、エジプトは仲介努力を粘り強く行っており、楽観はできないものの、対話の継続自体重要である、また、中東和平全体について、まだイスラエル及び米新政権の政策は形成過程にあるが、今後予定されているイスラエルや米国等のハイレベルの接触を通じて前向きな動きが出てくることを期待する旨の発言がありました。
中東和平については、中曽根大臣から、パレスチナ諸派間の仲介をはじめ、エジプトが積み重ねている努力を評価した上で、和平の実現に向けて、わが国としてそうした努力を支持していくと述べました。これに対しムバラク大統領からは、現状について説明があり、その中で、和平実現のため、イスラエルは譲るべきところは譲ることが必要だとの説明がありました。
また、イランについては、中曽根大臣から、核問題の外交的な解決やイランが地域の平和と安定のために建設的な役割を果たしていくことが重要であると述べました。
中曽根大臣から、先般大臣が行った核軍縮に関する演説を紹介したところ、ムバラク大統領からは、核問題については、イランだけでなくイスラエルも含まれなければならず、中東地域の非核化が重要であると応じるところがありました。

  <参考資料 2> 外務省
エジプト基礎情報~日本との関係
エジプトがどのような国なのかを紹介するページです(2010年1月現在)。

1.交流史
 
わが国は、1922年4月7日エジプトの独立を承認し、36年1月にカイロに公使館を設置した。この公使館は、第二次大戦中閉鎖されたが、52年12月に再開され、54年4月に大使館に昇格した。

一方、エジプトは53年8月に在本邦公使館を設置し、54年に大使館に昇格した。

2.協定・取極
 
両国間には文化協定(1957年発効)、貿易支払取極(1958年発効)、航空協定(1963年発効)、二重課税防止条約(1969年発効)、投資保護協定(1978年発効)、技術協力協定(1984年発効)及び青年海外協力隊派遣取極(1995年発効)が締結されている。

なお、1995年3月のムバラク大統領の訪日の際に、日・エジプト共同コミュニケ「よりよい将来へ向けてのパートナーシップ」が発表された。

1999年4月のムバラク大統領訪日の際には、「日・エジプト共同声明」が発表され、「平和と繁栄」の21世紀に向けて両国の「対話」と「協力」の強化・多角化が図られることとなった。
2007年5月の安部総理大臣エジプト訪問の際には、「戦略的対話メカニズムの関するメモランダム」の署名が行われ、地域の平和と安定に向けた両国間の戦略的パートナーシップを強化する必要性について一致した。

3.二国間関係全般
 
二国間関係は伝統的に良好。特に2003年5月に小泉総理がエジプトを訪問して以来、更にこの友好関係が発展している。また、2007年5月には安部総理がエジプトを訪問した。

また、小泉総理訪問時に、日本とアラブ諸国との協力を強化する非公式な方途として、2003年より日本・アラブ対話フォーラムが設立された。このフォーラムには日本(座長:橋本元総理)の他、エジプト(座長セラゲッディーン・アレキサンドリア図書館長)、サウジ(ゴサイビ経済企画大臣)が参加し、第一回会合が2003年9月に東京で、第二回が2004年3月にエジプトのアレキサンドリアで、第三回が2005年1月にサウジのリヤドで、第四回が2006年5月に東京で、第五回が2007年11月にアレキサンドリアで、第六回が2008年11月にリヤドで開催された。なお、第五回会合より、中山太郎元外務大臣が故橋本元総理を引き継ぎ、新座長を務めている。
 
また、エジプトに中東及びアラブ世界における中核的研究・教育の拠点となる大学を設置するというエジプト日本科学技術大学(E-JUST)構想が進められており、2009年3月に「E-JUSTの設立のための二国間協定」が締結された。

また近年は、我が国の中東和平プロセスへの積極的参画に伴い、両国間の政策対話が強化された。エジプトは、我が国の和平貢献を高く評価している。中東和平問題の他、最近は安保理改革問題、軍縮問題、イラク問題、テロ情勢についても二国間で活発な意見交換を行っている。

 
4.議員交流・民間交流
 
91年4月、日・エジプト友好議員連盟が発足。94年4月にはエジプト側にも友好議員連盟が発足。98年は 、10月に参議院議員団が、11月には、日・エジプト友好議員連盟代表団(相沢会長を団長とする)がそれぞれエジプトを訪問した。近年も日本からの議員団訪問が続き、2001年は衆議院文部科学委員会調査議員団、2002年は参議院特定事項調査議員団、2004年3月には、大島理森衆議院議員、中馬弘毅衆議院議員が訪問している。また、2005年1月には、高村正彦衆議院議員(日・エジプト友好議員連盟会長)及び河野洋平衆議院議長が、2005年11月には尾身幸次元科学技術担当大臣を団長とする日AU議連北部アフリカ訪問団が、それぞれエジプトを訪問した。

  <参考資料 3> 外務省
 
人権外交
【日本の基本的立場】

1. 国連憲章第1条は、人権及び基本的自由の尊重を国連の目的の1つとして掲げ、また、1948年に世界人権宣言が採択されるなど、国連は設立以来、世界の人権問題への対処、国際的枠組における人権保護・促進に取り組んでいました。日本は、アジアでの橋渡しや社会的弱者保護といった視点を掲げつつ、国連の主要人権フォーラムや二国間対話を通じて、国際的な人権規範の発展・促進をはじめ、世界の人権状況の改善に貢献してきています。

2. 国際社会の人権問題に対処するにあたっては、我が国は以下の諸点が重要であると考えています。

(1)すべての人権及び基本的自由は普遍的価値である。また、各国の人権状況は国際社会の正当な関心事項であって、かかる関心は内政干渉と捉えるべきではないこと。

(2)人権保護の達成方法や速度に違いはあっても、文化や伝統、政治経済体制、社会経済的発展段階の如何に関わらず、人権は尊重されるべきものであり、その擁護は全ての国家の最も基本的な責務であること。

(3)市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利等すべての人権は不可分、相互依存的かつ相互補完的であり、あらゆる人権・権利をバランス良く擁護・促進する必要があること。

(4)我が国としては、「対話」と「協力」の姿勢に立って、国連等国際フォーラム及び二国間対話等において、我が国を含む国際社会が関心を有する人権問題等の改善を慫慂するとともに、技術協力等を通じて、必要かつ可能な協力を実施する。


<追記 2> ムバラク氏が「大統領に留まる」意思を10日夜表明して僅か数時間後に、辞任を余儀なくされた背景には、氏を支えてきた軍内部に、特に、民衆デモと接している兵士レベルと、最高軍幹部との間に亀裂が生じていたことが擧げられる。更には、軍司令部内部で内部対立が起こり、最終的に「ムバラク支持派」が敗北したのであろう。民衆に「銃口を向ける」ことは、結局排除された。
                                  (2011.02.12)

<追記 3> ムバラク「前大統領」の総額約5兆9400億円に上ると見られる海外資産について、スイスは11日、同氏の銀行口座を凍結することを発表した。以下は英国『デイリー・テレグラフ』紙が公表した原文内容である。

Hosni Mubarak resigns: Switzerland to freeze assets of ousted ruler

Switzerland has announced it was freezing assets in the country owned by newly resigned President Hosni Mubarak of Egypt.

Switzerland is freezing Hosni Mubarak's assets


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Photo: AP
By Richard Spencer, and Nick Meo in Cairo 10:22PM GMT 11 Feb 2011


The announcement, which gave no details as to what assets Mr Mubarak or his family might have in the country, will send shock waves through the presidential palaces of other Middle Eastern countries.
"The government wants to avoid any risk of misappropriation of state-owned Egyptian assets," a statement by the foreign ministry said.
Stories of Mr Mubarak's personal wealth, ranging up to wild estimates of $70 billion (£44 billion), long suppressed by state media, began to circulate among the crowds from the beginning of protests.
His family is said to own property around the world, including London, Paris, Dubai, and the United States. He is understood to have money in bank accounts in Britain, the US, and France as well as other western countries.
But the control of resources by the regime's leaders is mirrored across the region, whether through military dictatorship, as in neighbours such as Libya, or oil-funded feudal rule, as in the Gulf.



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                 シャルム・エル・シェイク

<追記 4> ムバラク氏と家族は、現在、紅海沿岸の保養地シャルム・エル・シェイクに滞在中と観測されているが、同氏が「エジプトの地で死ぬ」と大見得を切ったにも拘らず、「不正蓄財」及び、大統領として在任中の、「反体制派」拷問など「刑事事件」、更には今度の「抗議デモ」参加者の死亡事件などの「責任」を問われることは必至であり、米国・サウジアラビア政府などは、ムバラク氏を「刑事免責」の環境が備わった、ペルシャ湾岸・アラブ首長国の首都・ドバイへ「移送すること」を計画している旨、英国紙『ガーディアン』(2月11日付)が伝えている。 (2011.02.12)



<写真> The Independent, The Daily Mail, The Daily Telegraph, The Guardian
by shin-yamakami16 | 2011-02-12 03:17 | Comments(0)
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            中東衛星TV 「アル・ジャジーラ」局内



報道対象:米英「アフガン・イラク占領」から「中東・親米専制」へ

                              山上 真

 中東カタール・ドーハを拠点とする衛星テレビ局『アル・ジャジーラ』の目覚ましい活動が世界的に注目されている。その役割が如何に衝撃的なものかということは、今度の「エジプト革命」で、ムバラク独裁政権が『アル・ジャジーラ』のカイロ支局を閉鎖し、全土の取材活動を禁止したことでも分かる。このTV局は、他のいかなる通信社よりも多くの記者をエジプト国内中小都市に配置し、エジプト警察の「反政府デモ・弾圧」の様子を具に世界中に配信していた。

 1月27日付『ニューヨーク・タイムズ』紙は、次のような「並大抵でない」讃辞を『アル・ジャジーラ』に捧げている。

 'Seizing a Moment, Al Jazeera Galvanizes Arab Frustration'

By ROBERT F. WORTH and DAVID D. KIRKPATRICK

The protests rocking the Arab world this week have one thread uniting them: Al Jazeera, the Qatar-based satellite channel whose aggressive coverage has helped propel insurgent emotions from one capital to the next.
Al Jazeera has been widely hailed for helping enable the revolt in Tunisia with its galvanizing early reports, even as Western-aligned political factions in Lebanon and the West Bank attacked and burned the channel’s offices and vans this week, accusing it of incitement against them.
In many ways, it is Al Jazeera’s moment — not only because of the role it has played, but also because the channel has helped to shape a narrative of popular rage against oppressive American-backed Arab governments (and against Israel) ever since its founding 15 years ago. That narrative has long been implicit in the channel’s heavy emphasis on Arab suffering and political crisis, its screaming-match talk shows, even its sensational news banners and swelling orchestral accompaniments.         <以下省略>
 
「アル・ジャジーラは、好機を逃さず、アラブ人民の不満を行動に駆り立てている」と題する論文(A4. 4ページ)の冒頭は、要約すると次の通りである。

「最近のチュニジア革命から始まった中東変革は、15年前にカタールで創設されたアル・ジャジーラという衛星テレビ局の意欲的取材活動が齎したものであり、西側と結ぶ政治勢力の物理的攻撃を物ともせずに、米国に支えられたアラブ世界「圧政」に対するアラブ民衆の怒りの声を表面化させることに成功している」

 確かに、現在進行中の「エジプト革命」、ヨルダンの「内閣総辞職」、イエメンの「サレハ大統領辞意表明」と続く変革の波は、世界的IT活動拠点である「ウィキリークス」の真実告発の活動と相俟って、「アル・ジャジーラ」の積極的かつ意欲的活動が生み出したものに違いない。

 筆者にとっては、「アル・ジャジーラ」は、常に「イラク戦争」での真実告発の活動を想起させる存在である。米軍による数多くの「誤爆事件」、隠された米軍戦死者の実態、イラク人に対する拷問など「非道」事件を赤裸々に暴いてきた。

 「アル・ジャジーラ」の「敵対的」報道に対して、2005年の「ファルージャ攻撃」当時、米国ブッシュ大統領がドーハの「アル・ジャジーラ」本部の空爆を意図していたことを、英国『デイリー・ミラー』紙(2005年11月22日付)が暴露している。
 
 「アフガン戦争」では、「アル・ジャジーラ」のカメラマンであるサミ・アルハジ氏が「ビン・ラーデンのビデオを撮影した」などの容疑で米軍当局に捕えられ、「敵性戦闘員」として裁判にかけられることなく、2001年から6年半に渉ってグアンタナモ基地に拘束された。

 しばしば「中東のCNN」と称される「アル・ジャジーラ」は、CM収入に大きく依存することなく、その「自由で闊達な報道」姿勢は、欧米でも高く評価されている。「親米・財界一辺倒で批判力に乏しい」我がマス・メディアの学ぶべきところ大なりと思う次第である。    (2011.02.03)
 


<写真・資料> Wikipedia, The New York Times
by shin-yamakami16 | 2011-02-03 10:13 | Comments(0)