世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

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  リビア「イスラム原理主義」化ートリポリ・「緑の広場」から「殉教者広場」へ


笑止千万・悲劇:「新生リビア」が「アルカイダ国家」に成り果てる!

                                   山上 真

 昨日9月15日、英・仏首脳はリビア・トリポリを「電撃訪問」し、記者会見の場で「リビア内戦・加担」の「大義名分」を披露した上で、自分たちが「歴史上のヒーロー」と形容してみせた。

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            トリポリ:得意げな「サルコ」とキャメロン

 この事を皮肉たっぷりに伝えているのが、15日付の仏『ヌーベル・オプセルバトウール』誌・記事 ‘LIBYE. Cet homme-là veut entrer dans l'Histoire’「リビア:あそこに居る人物は歴史に入りたがっている」である。

 この記事では、サルコジ・キャメロンの、空港・トリポリ病院での歓迎・負傷兵見舞いの様子、そして「得意満面」の記者会見の遣り取りを伝えているが、何と言ってもやはり、リビア内戦当初から「主導権を発揮」したサルコジの「戦術」を透かし見せている。例えば、今度の「電撃訪問」のタイミングは、来年の大統領選挙を意識したもので、15日に、彼が対抗することになる「社会党大統領候補・討論会」がTV局『フランス2』の主催で開催されるのに合わせたものという。

 各TV 局の放映対象を、「トリポリ」に向けさせて、「社会党」への注目度を減らそうとする思惑だ。事実、RFI・TVなどは、毎時のニュースの冒頭で、「サルコジ訪問」を大きく、しかも「賛美」的に報じていた。「仏外交の勝利」という表現まで献じていた。

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              社会党2012年「大統領候補者」たち

 最近の世論調査では、来年の大統領選挙で仏国民の6割が左翼を支持、つまり大統領に社会党の誰かがなる可能性が濃厚という結果が出ている。そんな中で、サルコジには、仮に再び大統領になれなくとも、「歴史に名を残せる」という打算があるのではないか、という訳である。

 160人もの仏ポリスに警護させて、敢えてトリポリに乗り込んだサルコジの意図は、"La révolution libyenne est un message pour le 21ème siècle, elle va dans le sens de l’histoire, vers la paix, pas vers la guerre."
(リビア革命は21世紀へのメッセージであり、歴史の方向として、戦争でなく、平和に向かうものだ)という「大げさな言葉」を世界に向かって発したい「一念」に尽きるのではないか、と記者は断じている。

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            「イスラム原理主義」を説くCNT軍首脳

 恐らく、リビアCNT首脳にとって、二人から発せられた最も意味深い言葉は、’unity’ (団結)であっただろう。最近の多くの欧米メディアの論調は、「カダフィ」の危険性が未だ残る状況でのCNTの「内部対立」と「アルカイダ」の危険性に焦点が当てられている。

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    Sarkozy, AbdulJalil(CNT議長), Mahmoud Jibril「首相」, Cameron

BBC など各メディアが指摘しているのは、CNT内部の「イスラム過激派」は、
「現在表に顔を出している人物たち、即ちCNT議長・首相は誰からも選ばれた者でなく、海外で苦労なく過ごしてきた、リビアの実情に疎い人物たちだ」と看做していること。
 
「カダフィ」打倒の為に実際に血を流して闘ってきたイスラム原理主義者・アルカイダから見れば、彼らは西欧側が望む「穏健なイスラム支配」と「民主主義」を折衷させた国家を創ろうとしているが、これは本来のシャリア法を基盤とする「イスラム国家」樹立とは異なるものだと映るのである。

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         イスラム教指導者Ali Sallabi:CNT 内で最高実力者とされる

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    「アルカイダと繋がっている」CNT軍最高幹部 Abdel Hakim Belhaj 将軍

 このようなCNT首脳に対する公然とした批判は、西側・NATO が求める「西欧型民主主義」的方向を憲法に盛り込んだ場合、彼らイスラム原理主義・アルカイダの離反、更には軍事的クーデターに発展し、政権が奪取される可能性が濃厚になる。これは、取りも直さず「アルカイダ国家」成立に他ならない。

 この行き方になると、サルコジ・キャメロン・オバマ、そしてNATO軍がリビアに介入した意図とは全く異なる「茶番」となり、前カダフィ政権よりも一層危険な国家樹立を北アフリカ要衝に許してしまうことになる。

 一方では、ユーネス将軍「暗殺」を巡って、ベンガジに拠点を置く彼の出身部族長は CNT幹部に対する「復讐」を誓っているが、これも「カダフィ」後に内戦に発展する要因となる。

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               アルカイダ指導者ザワヒリ

 先日の報道によれば、アルカイダ「ビン・ラーデン死後」の後継指導者ザワヒリが、「アラブの春」を歓迎しているという。当然、「リビア」も含まれているのだろう。こうして、口先で「テロとの戦い」をいつも云う欧米の「おっちょこちょい」たちが、テロ勢力を増長させている事態は、何とも形容し難く、一体どうするのだ? サルコジは、リビアを「カダフィの国」から「アルカイダ国家」に変えることで「歴史」に名を残すつもりなのか?       (2011.09.16)


<追記>
1. 16日早朝から始まったCNT軍の、Bani Waled及びSirteの「カダフィ軍」 に対する総攻撃は、総じて成功していないようだ。前者では、重火器による反撃と、戦場が丘に囲まれた不利な地理的条件で、CNT軍は総崩れとなり、全軍退却しているという。戦士の中には、戦意を喪失して、「帰郷の意思」を露にする者も出ているという。ー英国『デイリー・テレグラフ』この戦場では、BBC現地取材の記者が脚部に銃弾を受けて、救急車で移送されたということだ。ーBBC・TVニュース
 一方、Sirteでは、CNT軍は激しい砲撃を浴びて、死者15人、負傷者約100人を出して、一時退却を余儀なくされたものの、体制を立て直して若干前進し、町から数十キロ離れた空港を制圧した模様だ。こちらは、CNT軍報道官の一方的「説明」しかなく、信頼性ある情報が乏しいようだ。
(2011.09.17)

2. この所、リビア関係の報道が欧米メディアから、すっかり消えてしまったが、これは18日にベンガジで予定されていた、CNT政権「閣僚名簿」発表が「無期限延期」された事態に因るものであろう。この「事件」が如何に衝撃的であったかは、我が『読売』、『朝日』両紙が昨日一面トップで報道していたことでも分かる。況してや、米・英・仏などの指導者の「落胆の程」は容易に想像出来る。「カダフィ打倒」後に、時を移さず「CNT政権」成立で一気に「西欧主導」の国に仕立て上げる積りでいた訳だから。やっぱり、予期されていたCNT内部の対立が表面化したのである。首相・外相・国防相など要職を「どちらの派」が占めるかという、部族・宗教・地域閥の熾烈な闘争が現在進行中と見ていいだろう。ここでは米国・クリントン女史の「顔」も幅を利かせる余地がない。そして、この結果は、果たして「新政権」誕生という「成果」が、5、6万に上る死者と夥しい破壊に価するものであったかどうかを明らかにするであろう。            (2011.09.20)

3. 昨日9月22日の仏保守系『フィガロ』紙は、仏国防省筋の話として、もしNATO軍がリビア空爆を停止した場合、豊富な資金力と戦略に秀でているカダフィ軍が、自爆テロ・精油施設などへの破壊活動を含む巧みな戦術によって、「CNT政権」に対抗し得る立場にまで復活する可能性が未だにあると見ていることを伝えている。ー<参考資料 2>参照 
 また、その記事内容についてのコメントで、少なくない読者が NATO軍に対する批判と、植民地主義を弾劾してきた「カダフィ」弁護論を展開していることが注目される。  (2011.09.23)            

4. 9月27日付英国『ガーディアン』紙は、CNT・トリポリ管区司令官Abdul Hakim Belhaji 将軍とのごく最近の「インタヴュー」記事を掲載しているが、先日、国連総会での「代表演説」で、「首相」Jibril が「遅くとも今月中に政権閣僚名簿を発表できる」とした声明を覆す内容が含まれている。
 CNT幹部の話では、欧米指導部が後押しするJibril 派と、イスラム指導者Ali Sallabi ・Belhaji 将軍グループとの組閣交渉は決裂して、「カダフィ軍との戦闘が終結するまで」新政権は正式には発足しないことになったという。最近の戦況報道では、SIrte でカダフィ軍の反撃が依然として激しく続き、CNT軍に多大な戦死・負傷者を出して、現在、「進軍停止」の状態と伝えられる一方、リビア南部Bani Walid 戦線では、最初の総攻撃で失敗・退却後、CNT 軍はカダフィ軍の絶え間ない砲撃・狙撃に曝されて、為す術が無い状況のようだ。こうなると、カダフィの「行方・不詳」のまま、実に「無期限」にリビア「新政権」は発足できないことになる。約束された「明日30日」のCNT談話が極めて注目される。 ー<参考資料 3>参照                 (2011.09.29)                            
5. 昨日10月3日付の英仏各紙及び『アル・ジャジーラ』に依ると、リビアCNT(政権移行委員会)議長 Mustafa Abdul-Jalil 及び「首相」Mahmoud Jibril は「臨時政権」閣僚名簿をベンガジで発表した。その顔ぶれはCNT構成員と殆ど変わらず、「Sirte 陥落後に正式の政権を発足させる」が、そこには現在までの首脳 Jaril、Jibril 両氏が入らないことを公言した。これは、両氏に対する「イスラム勢力」の激しい反撥が生じていることを示すものとされている。先月29日には、Jibril 氏がトリポリで「Sirte およびBani Walid がカダフィ側から奪還されるまでは新政権発足はない」と言明したばかりだが、「権力の空白」を避ける為に、改めて方針転換となったようだ。こうした状況を見ると、欧米・NATOの思惑通りには「新生リビア」が進んでいないことが、ますます明らかになっている。                                  (2011.10.04)

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    ヴェネズエラのジャーナリストと語る85歳の「永久革命家」カストロ

6. 10月5日付の英国『テレグラフ』紙は、キューバの前指導者フィデル・カストロが3日発表した談話を掲載した。そこでカストロは、オバマ米大統領が先日国連総会で行った演説を「たわごと」と決めつけ、リビアでのNATO軍空爆を「ファッシストどもによる恐るべき犯罪行為」と断じた。
(2011.10.05)

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         「トリポリ 'Dawn of Freedom middle school' は空っぽ」

7. 10月4日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙は 'Back to School in Libya, and Struggling to Adjust' 「学校再開で順応に苦心する」という見出しの記事を掲載しているが、そこでは、トリポリ中心部の中等学校に登校して来た生徒が僅か数人に過ぎないことを謀らずも暴露している。生徒の多くが「カダフィ支持」の家庭の子弟の為、「新政権」の国歌を唱うことや、薄っぺらのパンフレット一冊の「新教育」を嫌っているからだという。政権もまともに発足せず、国家の「青写真」も無いのに、一体どんな教育が為されるというのだろうか。他方、西側メディアの、「カダフィからの解放」で「トリポリ市民は歓喜している」という報道の欺瞞性が白日の下に曝されている。(2011.10.05)

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   Sirte10月8日: カダフィ軍狙撃兵の「正確な射撃」を受けたCNT軍戦闘員たち

8. 今日10月9,10日の西側メディアは一斉に、「カダフィ派の最後の砦」Sirteの重要拠点である「国際会議場」及び病院が反カダフィ軍の手に陥ち、CNT勢力による同市の完全制圧が近いことを報じているが、『ニューヨーク・タイムズ』紙の現地記者は、NATO軍空爆に因ると考えられる「失明し両足を失った子供」など、市民の悲惨な被害状況及び、占拠した矢先、夜間に猛反撃を受けて「遁ずら」する反カダフィ軍戦闘員の様子などをリアルに描いている。こうして、日本メディアを含む多くが、CNT報道官の「一方的説明」をそのまま報道して、結果的に「虚偽報道」になっている場合が屢々であるのに対して、『ニューヨーク・タイムズ』紙の「独自取材」に基づく客観的「事実報道」を貫こうとする姿勢は、メディアとして当然のことながら、高く評価されるだろう。(2011.10.10)   

9. 10月10日の『アル・ジャジーラ』がAFP発信のニュースとして伝える所に依ると、10日深夜トリポリ北東部のイスラム寺院を、重機関銃など搭載のトラックに乗った200人以上の武装勢力が急襲して、「イスラム高僧の墓を暴き、コーランなど宗教書を燃やして」去ったという。もし事実とすれば、カダフィ支持勢力による「第三戦線」が、首都トリポリで構築されつつあるということになり、今後の展開が注目される。                        (2011.10.11)
   
<写真> Le Monde, The Independent, Le Figaro,, The New York Times,
Le Nouvel Observateur, The Daily Telegraph

<参考資料 1> 『ニューヨーク・タイムズ』紙「イスラム派の増大する影響力がリビアに幾つもの問題を惹起させている」

September 14, 2011

Islamists’ Growing Sway Raises Questions for Libya
By ROD NORDLAND and DAVID D. KIRKPATRICK
TRIPOLI, Libya — In the emerging post-Qaddafi Libya, the most influential politician may well be Ali Sallabi, who has no formal title but commands broad respect as an Islamic scholar and populist orator who was instrumental in leading the mass uprising.
The most powerful military leader is now Abdel Hakim Belhaj, the former leader of a hard-line group once believed to be aligned with Al Qaeda.
The growing influence of Islamists in Libya raises hard questions about the ultimate character of the government and society that will rise in place of Col. Muammar el-Qaddafi’s autocracy. The United States and Libya’s new leaders say the Islamists, a well-organized group in a mostly moderate country, are sending signals that they are dedicated to democratic pluralism. They say there is no reason to doubt the Islamists’ sincerity.
But as in Egypt and Tunisia, the latest upheaval of the Arab Spring deposed a dictator who had suppressed hard-core Islamists, and there are some worrisome signs about what kind of government will follow. It is far from clear where Libya will end up on a spectrum of possibilities that range from the Turkish model of democratic pluralism to the muddle of Egypt to, in the worst case, the theocracy of Shiite Iran or Sunni models like the Taliban or even Al Qaeda.
Islamist militias in Libya receive weapons and financing directly from foreign benefactors like Qatar; a Muslim Brotherhood figure, Abel al-Rajazk Abu Hajar, leads the Tripoli Municipal Governing Council, where Islamists are reportedly in the majority; in eastern Libya, there has been no resolution of the assassination in July of the leader of the rebel military, Gen. Abdul Fattah Younes, suspected by some to be the work of Islamists.
Mr. Belhaj has become so much an insider lately that he is seeking to unseat Mahmoud Jibril, the
<以下省略>

<参考資料 2> 9月22日付『フィガロ』紙 「カダフィは非対称の戦争を仕掛け、仏軍の懸念となっている」

Kadhafi déclenche une guerre asymétrique, la crainte de l'armée française
Par Georges Malbrunot le 22 septembre 2011 20h52 | 11 Commentaires
Même si le régime du colonel Kadhafi a été renversé, « militairement, l’affaire libyenne n’est pas encore terminée », avertit un officier français. Tant que le dictateur n’aura pas été « neutralisé », c’est-à-dire arrêté ou tué, Paris redoute sa capacité de nuisance.
Sur le terrain, Syrte devrait tomber assez rapidement. En revanche, au sud du pays, les hommes loyaux au colonel déchu disposent encore d’une marge de manœuvre.
« Ils sont organisés. Ils sécurisent des couloirs qui leur permettent de s’échapper par des voies de sorties, comme celle vers Ghadamès à 650 km de Tripoli, qui a permis à des membres du clan Kadhafi de fuir vers l’Algérie », ajoute la source. « Et dès que Ghadamès est tombée, ses partisans se sont retirés dans le couloir qu’ils avaient sécurisé autour ».
Si les frappes aériennes de l’OTAN s’arrêtaient, il n’est pas dit que les pro Kadhafi ne reprendraient pas l’avantage localement, estime-t-on au ministère de la Défense.
Kadhafi reste capable de s’abriter dans « un sanctuaire avec les tonnes d’or qu’il a amassées et grâce aux mercenaires qu’il peut encore acheter ». « On ne peut pas s’endormir, la bête vit encore », ajoute-t-on au ministère de la Défense.
Avant la chute de son régime, de source officielle, on estimait à environ 50 milliards de dollars le montant du trésor de guerre détenu par Kadhafi, qui n’avait pas hésité à recourir à des experts serbes, ukrainiens et biélorusses, mais aussi algériens, pour tenir, voire préparer des actions de subversions.
<中略>
11 commentaires
hubu | 22 septembre 2011 22h38 | Répondre
la revanche des nationalistes libiens, contre les traitres, les vendus, les valets de l'OTAN et les sionistes sera TERRIBLE et très sanglante .
5 000 charlots ont pris la Libie, en marchant sur les ruines de l'OTAN ..... ils vont tous très mal finir .
Ces re-rebelles libiens sont des FAUX musulmans, des renégats, des crapules. Leur bassesse est d'1 niveau jamais atteint jusqu'à présent dans ce pauvre monde arabe, qui n'en finit pas de s'enfoncer dans la décadence .
Ce misérable coup d'état de l'OTAN, ces mensonges, ces assassinats de bébés libiens, ces manipulations, la violation de l'ONU : ca ne peut rien donner de solide sur le long terme. L'activité guerrière des sous-marins sionistes ne trompe personne . Et cette guerre n'a rien à voir avec le soi-disant printemps arabe !!!! : elle était prête depuis 20 ANS !!
dedel | 22 septembre 2011 22h56 | Répondre
KHADAFI a vaincu l'Apartheid en Afrique du Sud soutenu par les démocraties occidentales.
KHADAFI a projeté de réaliser la monnaie unique Africaine afin d'éliminer le colonialisme des blancs. c'est pourquoi il a été abattu.
KHADAFI se comporte comme DE GAULLE en 1940-45.
MAHMOUD ABBAS va fournir l'argument final pour éradiquer l'Occident Judéo-Chrétien.
Tant pis pour cette civilisation Schizophrénique , il faudra que l'humanité apprenne à s'en passer.
Tonyo | 22 septembre 2011 23h11 | Répondre
Ingérence Française ,guerre néo-coloniale afin de piller les richesses de l’Afrique, déstabilisation de la région , il ne faudra pas pleurer après...
Emon | 22 septembre 2011 23h16 | Répondre
Ce qui a été fait à la Libye et à Kadhafi et à son peuple est ignoble car beaucoup de Libyens aimaient Kadhafi contrairement à ce que l'on veut nous faire croire. Je suis écoeurée de ces guerres illégales et illégitimes telles l'Irak et la Libye. Je ne suis pas fière d'être française aujourd'hui quand je pense à La Libye précisément qui est une guerre à Sarkozy. Honteux. Tout çà pour voler les richesses du sol lybien, pour se venger aussi. Lamentable.
Mamma mia | 23 septembre 2011 0h05 | Répondre
On se demandait où se cachait Kadhafi, ça n'est plus la peine de chercher, depuis ce soir on sait qu'il est commentateur sur lefigaro.fr...

<参考資料 3> 英国紙『ガーディアン』:「軍指導者は警告する:リビア・イスラム派は権力に与らねばならない」
Libyan Islamists must have share in power, warns leader
Abdul Hakim Belhaj, head of Tripoli Military Council, issues warning after administration negotiations founder
Ian Black in Tripoli
guardian.co.uk, Tuesday 27 September 2011 19.46 BST
Libyan Islamists must not be marginalised, says Abdel Hakim Belhaj, leader of the Tripoli Military Council. Photograph: Francois Mori/AP
Libya's Islamist groups "will not allow" secular politicians to exclude or marginalise them in the intensifying battle for power in the post-Gaddafi era, the country's most powerful Islamist leader has said.
Abdel Hakim Belhaj, head of the Tripoli Military Council and founder of a jihadi group that was later disbanded, appears to be firing a shot across the bows of liberal, western-backed rivals after negotiations over broadening the rebel administration foundered.
"We must resist attempts by some Libyan politicians to exclude some of the participants in the revolution," Belhaj writes in the Guardian. "Their political myopia renders them unable to see the huge risks of such exclusion, or the serious ... reaction of the parties that are excluded."
More than a month since Tripoli fell to rebel brigades backed by Nato, the National Transitional Council (NTC) has failed to expand to be more representative, generating a sense of division and drift about the future that western diplomats and many Libyans admit is worrying.
It is now clear there will be no deal before the liberation of the whole country is formally declared. That requires the defeat of Gaddafi loyalists in the deposed leader's coastal hometown of Sirte, where heavy fighting continued on Tuesday. In Bani Walid, south of Tripoli, there is a stalemate. "Consultations have led to a decision to postpone the formation of a government until after liberation," NTC member Mustafa el-Huni said in Benghazi. The scale of the political challenge ahead is enormous in a country that has not held an election since 1952 and is just emerging from 41 years of dictatorship.
Belhaj – who was transferred to Libya with the help of the CIA and MI6 to serve seven years in Gaddafi's most infamous prison – was the head of the Libyan Islamic Fighting Group, which fought in Afghanistan until abandoning its jihadi ideas and disbanding in 2009. It then became the Libyan Islamic Movement for Change.
<後略>
by shin-yamakami16 | 2011-09-16 20:53 | Comments(0)
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度重なる核事故:フランス原子力産業に信頼性はあるか?

                                   山上 真

 今日11時45分(現地時間)フランス 南部Montpellier近くの 'Marcoule'核廃棄物処理施設で爆発事故が発生し、一人が「黒焦げ」になって死亡、4人が負傷、内一人は重傷を負ったという。

 この施設では、核兵器を廃棄処理する際に出るプルトニュウム・ウラニュウム含有廃棄物を炉で熱処理して、原子力発電用燃料ペレットを製造しているという。その「炉」が爆発したのだ。


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 この施設を統括するフランス電力公社EDF及び子会社Socodei は、放射性物質が外部に「漏れ出ていない」と主張しているが、メディアは必ずしも納得していないようだ。

 フランスでは、去年7月にもトリカスタン原子力発電所で爆発事故があったが、その事故でも明確な説明が無いままにされている。メディアも追及を怠った。

 今度の場合、仏各紙ともトップ記事で大きく伝えている。日本の 'FUKUSHIMA' が念頭にあることは間違いない。                          (2011.09.12)


<追記>
 Marcoule 核廃棄物処理施設での事故の僅か数時間後には、仏当局によって「事態終息」が宣言されたが、事故原因は未だ不明だ。9月14日付『ル・モンド』紙に依ると、事故一週間前から、溶解炉に不具合が生じていたが、そのまま作業が続けられて、事故に至ったという。また、核管理安全局ASN は2008年に、この核施設の「欠陥」を指摘していたということだ。今度の事故後も、会社側は「核事故」というより一般的な「産業事故」という見方を強調している。しかし、1500℃の高熱で一瞬にして人間が「炭化」(carbonisé) されてしまう悲惨な事故は決して繰り返されてはならない。
ー<参考資料 2 > 参照                           (2011.09.15)



<写真> Le Monde, Le Figaro, The Telegraph, Libération


<参考資料 1> 『ル・モンド』紙・記事原文

「ガール県マルクール付近の核施設で爆発」

Explosion sur un site nucléaire près de Marcoule dans le Gard
LEMONDE.FR avec AFP | 12.09.11 | 13h56 • Mis à jour le 12.09.11 | 15h47

Un four a explosé dans un centre de traitement de déchets faiblement radioactifs, sur le site nucléaire de Marcoule, dans le Gard, lundi 12 septembre, vers midi, causant la mort d'une personne.

Le Commissariat à l'énergie atomique (CEA) a précisé qu'il n'y avait "pas de rejets à l'extérieur pour l'instant". "Aucune mesure de confinement ou d'évacuation" des salariés "n'a été nécessaire", car les blessés "n'ont pas été contaminés". De plus, la personne décédée est "morte dans l'explosion" et non des suites d'éventuels rejets radioactifs, a confirmé le ministère de l'intérieur.

Le salarié grièvement blessé a été évacué d'urgence vers un hôpital de Montpellier. Les autres, légèrement blessés, ont été dirigés vers l'hôpital de Bagnols-sur-Cèze. La ministre de l'écologie, Nathalie Kosciusko-Morizet, doit se rendre sur place dans la journée.

FUSION DE MÉTAUX RADIOACTIFS

L'explosion a eu lieu au Centre de traitement et de conditionnement des déchets de faible activité (Centraco) exploité par la société Socodei, filiale d'EDF, et installé sur la commune de Codolet. Ce site s'occupe du conditionnement des déchets de faible et de très faible activité – des résidus industriels dont l'activité moyenne avoisine 10 000 bécquerels par kilo.

La déflagration a touché un four électrique qui sert à diminuer le volume des déchets radioactifs avant de les conditionner. Le four procède par incinération pour les déchets textiles (gants, blouses ou encore masques) ou par fusion pour les métaux (fûts, vannes, pompes, outils en inox ou en acier).

"LE BÂTIMENT A GARDÉ SON INTÉGRITÉ"

Au moment de l'explosion, le four contenait 4 tonnes de métaux radioactifs de faible et très faible activité, soit 63 000 bécquerels. "C'est une activité radioactive très faible, incomparable avec celle d'un réacteur nucléaire", explique Thierry Charles, directeur de la sûreté à l'Institut de radioprotection et de sûreté nucléaire (IRSN).

"Le four se trouve dans un local, lui-même contenu dans un bâtiment. Le local a été affecté, mais le bâtiment a gardé son intégrité. Il n'y a donc pas de rejets radioactifs à l'extérieur du bâtiment", poursuit Thierry Charles. Il s'agit d'"un accident industriel, pas un accident nucléaire", confirme EDF.

UNE ERREUR HUMAINE PEUT-ÊTRE EN CAUSE

Les causes de l'explosion sont pour l'instant inconnues. Selon une source gouvernementale, "il semblerait y avoir eu une erreur humaine". "Il peut aussi s'agir d'une fuite d'eau qui a réagi avec le métal en fusion, ou bien d'un déchet contenu dans le métal qui aurait provoqué une réaction", ajoute Thierry Charles.

Dans l'immédiat, l'objectif est de refroidir le four, qui s'est arrêté au moment de l'explosion, et de maintenir le conditionnement du bâtiment, selon l'IRSN. La Socodei a déclenché un plan d'urgence interne. L'IRSN a dépêché une équipe sur place.

TESTS DE SÛRETÉ

Après l'accident nucléaire de Fukushima, en mars, des stress tests ont été décidés pour les cinquante-huit tranches du parc national français, mais aussi pour les usines de retraitement d'Areva et les laboratoires de recherche du CEA.

L'ASN doit rendre ses "premières conclusions" d'ici à la fin de 2011, et EDF, exploitant historique des réacteurs français, doit rendre ses rapports à l'ASN à la mi-septembre. L'explosion près du site nucléaire français survient six mois, presque jour pour jour, après l'accident de Fukushima.

<参考資料 2> 『ル・モンド』紙「マルクールでは、爆発前に炉は既に監視下に置かれていた」

A Marcoule, avant l'explosion, le four était déjà sous surveillance
LEMONDE.FR avec AFP | 14.09.11 | 13h55 • Mis à jour le 14.09.11 | 17h35

L'explosion a eu lieu au Centre de traitement et de conditionnement des déchets de faible activité (Centraco).AP/Claude Paris
L'explosion d'un four dans le centre de traitement des déchets nucléaires près de Marcoule est-elle due à une erreur humaine ou résulte-t-elle de lacunes observées sur le site ? C'est à cette question que vont tenter de répondre les enquêteurs qui vont pénétrer pour la première fois dans le local où se situe le four servant au recyclage des déchets nucléaire, mercredi 14 septembre.

Trois enquêtes ont été ouvertes par le parquet de Nîmes, mais aussi par l'Autorité de sûreté nucléaire (ASN) et l'inspection du travail. Des analyses techniques, mécaniques et chimiques seront effectuées. "Il faut arriver à déterminer les conditions de cet accident et voir s'il y a des responsabilités ou non", a assuré le procureur de la République de Nîmes, Robert Gelli. Une information judiciaire sera ouverte "dans les prochains jours contre X pour homicide et blessures involontaires", a ajouté le magistrat, rappelant que pour l'instant "il n'y a aucune certitude". "Nous n'avons que des déclarations des témoins", a-t-il répété.

"PANNES" ET "LACUNES"

Selon les premières auditions, le four, dont l'explosion a causé la mort d'un ouvrier et blessé quatre autres personnes, a connu "des pannes diverses" la semaine précédant la déflagration. Il avait été "remis en route le matin même", montant alors jusqu'à 1 500 degrés, une température normale. Après les pannes, dont le procureur n'a pas précisé la nature, la décision de relancer le four avait été prise suivant "une procédure interne".

En 2008, l'Autorité de sûreté nucléaire (ASN) avait déjà constaté des lacunes et demandé à la Socodei, filiale d'EDF qui exploite le centre de traitement et de conditionnement des déchets de faible activité (Centraco), de mettre en place un plan d'amélioration de la sûreté de son installation. Il y avait, selon le directeur général de l'ASN, Jean-Christophe Niel, "un manque d'engagement de la direction générale sur la sûreté". L'installation "ayant [une] très faible radioactivité, la sûreté n'était pas traitée au niveau où elle devait l'être", a-t-il indiqué.

Il s'agit d'une "question de comportement au quotidien" de "l'ensemble des gens qui interviennent sur l'installation, du plus haut au plus bas niveau", "ce qu'on appelle la culture de sûreté, ce n'est pas juste le respect d'un règlement", a-t-il précisé.

NE PAS MINIMISER L'ACCIDENT

Neuf inspections ont été menées sur le site en 2009, cinq en 2010 et déjà cinq en 2011, dont la dernière dans la nuit du 31 mai au 1er juin. "Nous avons eu la conviction que les choses s'amélioraient", a toutefois souligné M. Niel.

"L'enquête montrera si l'accident est lié aux lacunes qu'on avait identifiées ou si c'est indépendant", a-t-il poursuivi, estimant qu'il était "trop tôt" pour le dire. "Il faut faire attention à ne pas minimiser l'accident parce qu'il est peu radiologique, c'est quand même un accident avec un mort et un blessé grave", a par ailleurs relevé M. Niel, sans pouvoir dire à ce stade si l'ASN le classera sur l'échelle internationale des événements nucléaires (INES).
by shin-yamakami16 | 2011-09-12 22:55 | Comments(0)
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    トリポリで発見された「CIA・MI6とカダフィ政権協力」密約文書一部


*「カダフィ」と組んでいた米CIA・英MI6の「説明」は?

*リビア「空爆」NATO と大国の破廉恥な「論理」

                                   山上 真

 9月2日の欧米メディアは一斉に、2000年初めから米国CIA及び英国情報機関MI6がリビア・カダフィ政権と密接に提携して、アルカイーダなど「テロリスト」容疑者を世界中で「誘拐・拉致」し、こともあろうに「トリポリ監獄」に送り込んで、拷問によって「罪の告白」を迫っていたことを報じた。

 この事実は、「カダフィ勢力」逃亡後に、トリポリに残されていた膨大な外交文書の中から、ニューヨークに本部を置く国際人権団体 ’Human Rights Watch’ 及び英国『インディペンデント』紙 記者が関係書類を発見したことで露見したものである。

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               英国秘密情報部 MI6本部

 特に重大なのは、「ベンガジ・CNT政権」がトリポリに乗り込んで来ようとしている今、この「政権」内に「アルカイーダ関係者」が含まれているのではないかという、これまでも度々取沙汰されてきた「疑惑」が確証されるに至ったことである。しかも、この人物は、首都トリポリの「防衛司令官」になるのである。

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            ベンガジCNT・トリポリ司令官 Belhaj 将軍

 これに先立って、8月31日付BBCニュースは、「リビア反カダフィ軍内部にイスラム過激派がいることが懸念されている」というタイトルで、最近の「トリポリ進軍」の先頭に立っていたAbdul-Hakin Belhaj将軍が、「ジハディスト」(イスラム聖戦戦士)としてアルカイーダ・タリバンに結びついたLIFG(リビア・イスラム・戦闘軍団)の司令官だったことを暴露していた。

 彼は Abu Abdullah al-Sadiq というコード名で、1990年代にリビアで幾度か「カダフィ暗殺」を試みたが失敗して捕まり、拷問で「悪名高い」トリポリ・Abu Salim 監獄に2年間収容されていたが、カダフィの息子Saif al-Islam Gaddafi の恩赦を受けて釈放された。その後、アフガニスタンなどで活動中、2004年タイでアメリカCIAに拘束され訊問を受け、CIAは彼をAl Salim 監獄に送致した。2008年に他の百数十人の「テロ」容疑者と共に釈放された後、ベンガジを拠点として反政府活動を続けたという。

当のBelhaj 司令官は、先日の記者会見で、CIAに掴まって拷問を受けたことも、トリポリ監獄に収容されていたことも認めており、自分がさ程「危険人物」ではないと釈明している。昨日、BBC の老練ジェレミー・ボーエン記者のインタヴューを受けた際、彼は拷問を受けたことについて、米英両国に対して過去の「違法行為」を謝罪するように求めた。
 
 Belhaj氏は、次の2点について、明確な説明をすることが求められていると思われる。一つは、7月28日、ベンガジで暗殺された Abdel Fatah Younes 将軍の事件との関係である。彼が政権側の「拷問被害者」として、カダフィ側近だったYounes 将軍の殺害に関わった可能性が十分にあるからだ。二番目は、国連「停戦監視団」のトリポリ派遣を「拒絶」した理由が何かということである。「独立」を守るという理由は立派に違いないが、「アルカイーダ国家」でなくとも、「イスラム原理主義国」樹立という「目標」実現を邪魔されたくないという思惑が無いかどうか、定かでないのだ。とにかくベンガジ・トリポリでの「反カダフィ・CNT支持」集会の様子を見ていると、イスラム原理主義の「宗教色」が極めて濃厚である。

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 カダフィ政権情報部 Moussa Koussa(後に外相、先頃リビア脱出、英国・カタールへ)

 米国CIA(中央情報局)は、2004年にカダフィ政権が「大量破壊兵器」開発を中止した頃からリビアに接近して、主としてカダフィ政権への武装闘争に加わる人物についての情報をカダフィ政権情報部担当のMoussa Koussa(後に外相)に提供し、多くの「反カダフィ分子」のリビア移送に協力した模様だ。

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           2007年 英国ブレア首相とカダフィ大佐

 英国秘密情報部MI6も、ブレア政権が「リビア石油」を求めてカダフィに接近すると同時に、英国在住の「リビア反体制派」についての電話盗聴情報などをMoussa Koussaに流したようだ。

 米CIA 及び英国外務省当局は、以上の件について、一切の論評を拒否している。また、「リビア空爆」で多くの「誤爆」という戦争犯罪を犯しているNATOは、非常に「困惑」しているという。—(BBC news)

 政府・民間挙げてひたすら「リビア石油獲得」しか目に入らないフランスでは、次の政権がアルカイーダに「占拠される」恐れなど、気にも留めていないようだ。政権の息がかかっているTV・Radio などのメディアも、「トリポリの成功」を損なう情報を取り上げない方針のようだ。

 米国・英国は、一方では「カダフィ」と「テロとの戦い」で協力し合いながら、他方では、今度の「リビア内戦」で、「人民革命」の主力部隊である「アルカイーダ」を事実上支援するという誠に「グロテスク」な行為に走っていることになる。流石にオバマは「恥ずかしさ」を感じたのであろう、中途で「空爆」を止めたが、クリントン女史の方は厚顔なのだろうか、パリでの「リビア友情会議」(9月1日)で「カダフィ打倒」の歓喜を隠そうとしなかった。

 トリポリ駐在の若いBBC 特派員は先日のレポートで、かなり困惑の表情を浮かべながらも、自国の外交的「矛盾」を、’practical’ (現実的)という言葉を用いて擁護しようとしていた。
 
 英国キャメロン首相は、「ブレア時代の失策」については「無関係」を装っているが、「テロ撲滅」を目指すべき自国の情報機関が「自家撞着」に陥っていることに、明確に説明をする義務がある。

関係各国、特に相次ぐ残虐な「テロ活動」に悩むリビア周辺国にとって、今後のリビアがどのような方向に向かうのかということが重大な関心事であることは間違いなく、9月下旬に開催される「国連総会」で、欧米大国の「横暴」を許すことなく、平和と「道理」に基づいた国際関係維持を訴える声が大きく挙がることは確かだ。                     (2011.09.05)


                <追記>
1. 9月5日付の英国紙『テレグラフ』のリビア関係記事の中に、リビア「ジハディスト」(聖戦闘士)がカダフィ体制後に「イスラム国家」を築く方策を練っていることを示すものを見つけたので、ここに原文を紹介する。ベンガジCNTは、「民主主義国家」を創る為に2年後に「総選挙」を実施する方針を公言しているが、「イスラム国家」との関係はどうなのだろうか? (2011.09.05)

12.30 Jihadists among the Libyan rebels revealed plans last week on the Internet to subvert the post-Moammar Gaddafi government and create an Islamist state, according to U.S. intelligence agencies.
U.S. officials said spy agencies are stepping up surveillance of Islamist-oriented elements among Libyan rebels.
The Washington Times reported that a government report, circulated last week, said extremists were observed “strategising” on Internet forums about how to set up an Islamist state in Libya after the regime of Col Gaddafi is defeated. The unclassified report stated:
Several forum participants have suggested that, following a transitional stage, the battle should turn against secularist rebels and members of the [rebels’] Transitional National Council.ー Daily Telegraph

<記事概要> ベンガジCNTを構成する「過激派イスラム原理主義」集団の動きを監視している米国情報機関は、彼らの「インターネット・フォーラム」で、カダフィ政権終焉後に、「政権移行委員会・CNT」内のイスラム信奉者以外の「非宗教者」幹部を駆逐して、「イスラム国家」樹立を画策していることを把握している。             

2. 仏RFI・『国際ラジオ局・TV 』は9月6日、漸く英・米情報機関の「アルカイーダ犯・リビア移送」スキャンダルを報じた。キャメロン首相が英国議会で事件を説明して公になった為だろうが、振り返って見ると、我が国メディアは『TV朝日』が4日朝の報道番組でごく短く扱った以外には、とんと「ご無沙汰」のようだ。NHKも、カダフィ政権への「中国・武器取引問題」を大きく報道しているのに、これと較べようがないくらい重大な問題を無視している報道姿勢は、「欧米配慮」の典型的な例と言ってよく、「真実・公正」報道を旨とする公共放送の在るべき姿に立ち返って欲しいものだ。
                                  (2011.09.06)
3. トリポリ南東の町Bani Walid の制圧を目指すCNT軍と部族長老との交渉は、一旦は成立したかに見えたが、再び失敗に終ったようだ。カダフィ派戦闘員が「和平」受諾を拒否した為だという。ー7日付『テレグラフ』紙 なお、日本のNHK及び『毎日新聞』は、昨日カダフィ側の「投降」をいち早く報じたが、これは恐らく、『アル・ジャジーラ』情報をそのまま流した「誤報」であろう。(2011.09.07)
 <6日NHK放送・記事内容>
「リビア カダフィ派が拠点失う」
9月6日 20時7分
「リビアでは、一時、カダフィ大佐が潜んでいるともみられていた町が、新たな国づくりを担う国民評議会の部隊に包囲されて降伏に合意し、カダフィ派が重要な拠点を失うなか、大佐が国外逃亡を図っているという見方も浮上しています。
リビアでは、新たな国造りを担う国民評議会が、抵抗を続けるカダフィ派を各地で包囲し降伏を呼びかけています。このうち首都トリポリから南東に150キロのバニワリードには、一時、カダフィ大佐が潜んでいるともみられていましたが、国民評議会の幹部によりますと、交渉の結果、6日、カダフィ派と地元の部族が降伏に合意しました。国民評議会側の部隊は、6日中にもバニワリードに入る予定で、カダフィ派の組織的な抵抗が続く町は、大佐の出身地のシルトなど残り僅かになりました。
(以下略)

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         2007年 パリ・エリゼー宮で カダフィとサルコジ

4. カダフィ政権との「親密な関係」は、やはりフランスも同様に、特に「イスラム過激派・アルカイーダ」対策を巡って、2003年から持続されていたことが、『ル・モンド』紙、『カナール・アンシェネ』紙によって7日暴露された。それに依ると、米・英の場合と同様にトリポリでの 'Human Rights Watch' 発見の資料が出所で、次の内容が含まれている。

*英国情報部と連絡を取りながら、リビア反体制派・アルカイーダ分子の動静をカダフィ政権の情報担当 Moussa Koussa に報告していた。
*リビアでのテロ対策の為に「特殊部隊」創設を助け、訓練していた。
*仏情報部の2機関DGSE・DCRIが関与していた。
*民間情報会社Amesys は、上記2機関の要請を受けて、リビア「反カダフィ派」の情報を得る為の電話盗聴機材などを政権側に売っていた。
*以上のような「リビア・仏」関係は、今年初めまで続いていた。
ー記事原文<参考資料 1参照>

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2011年8月ベンガジ:まさかサルコジがカダフィと組んで自分たちをスパイし、弾圧する側に居たとは夢にも思うまい。関係国は、この「悲喜劇」をどう終らせるのだろうか?

                                   (2011.09.07)

5. リビア・カダフィ軍の「200から250台の車列が金塊・現金、それに恐らくはカダフィ及び親族を乗せて隣国ニジェールに入った」というAP電が世界中を駆け巡っているが、9月7日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に依れば、ニジェール司法相は公式にこのニュースを否定した。前後する二つのグループ合わせて7台の車両には、学生・店主などの外、カダフィ側近の警備主任一人が乗り合わせただけの「通常運送」の車列に過ぎないという。また、今日シリアTV局からの「カガフィ声明」は、明らかにリビア国内から発せられたもので、「車列事件」は全て「宣伝戦と嘘」だと言い切っているようだ。これまでも、カダフィ一族を何度か「殺し」たり、捕らえたというニュースが大手通信社経由で流されているが、その殆どが「虚報」だった所を見ると、欧米・NATO「応援」の余り、意識的な「情報操作」に手を染めていることが分かる。これでは、もはや何を信じていいか、誰もが困惑するのではないか。                       (2011.09.08)

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            9月9日ベンガジ・「CNT政権反対デモ」

6. 今日9月10日付の仏『フィガロ』紙が伝える所に依れば、昨日ベンガジで「反カダフィ」政権移行委員会・CNTの現行方針に抗議する「数百人」?規模のデモが繰り広げられたという。参加者は女性が多く、「旧カダフィ政権関係者の排除・女性の存在を無視するイスラム勢力でなく、アラブ・アフリカを代表する声、及び石油輸出を基盤とする経済力のあるベンガジ圏の尊重・中央集権化反対」などの主張を掲げているようだ。トリポリを首都として既に目論まれている「イスラム原理主義」政権に替わって、「民主主義」的原理に基づく国家建設への要求として注目される。 (2011.09.10)

7. 今朝11日のBBC ニュースなどに依ると、カダフィ軍が拠点としているトリポリ南東部Bani Waled、東部 Sirte に対する CNT軍の進攻は、激しい反撃に遭遇して一部退却を余儀なくされているようだ。カダフィ軍はスカッド・ミサイルを含む重火器を使い、「反カダフィCNT」軍を寄せ付けず、CNTはNATO軍の爆撃を求めているが、戦闘地域が市街地に近い為、困難を来しているという。
                                   (2011.09.11)

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8. 9月11日付の英国『テレグラフ』紙上で、嘗てBBCに所属して、英国・ブレア元首相の「イラク参戦」経緯について重要な証言をしたことで有名な Andrew Gilligan 記者は、リビア「反カダフィ軍」がトリポリ東部 Tawarga で犯したと思われる「戦争犯罪」について、現地取材して詳述している。それに依ると、人口約1万の一般リビア人と異なる由来を持つ黒人系の人々が住んでいた町は、カダフィ支持者が多かった理由で、徹底的に民家・病院などが破壊・略奪・焼き打ちされ、「ゴースト・タウン」化しているという。また、「反カダフィ軍」の攻撃を逃れてトリポリなどに入ったこの町出身の人々は、追跡され、逮捕後に行方が分からなくなっている者が多いという。これらの事実は、国際人権擁護団体「アムネスティー・インターナショナル」も掌握しているようだ。ー記事原文<参考資料2>参照                          (2011.09.11)                              
9. 今日12日午後のBBC ニュースに依ると、「反カダフィ軍」が包囲しているBani Walid 周辺での戦闘で、同軍側に戦死者7人、負傷者10人を出していると云う。この町の住民が「反カダフィ」側という噂を信じて接近したところ、猛反撃を受けたということだ。NATO軍は空爆を強めているが、BBC 特派員から見ても、「反カダフィ軍」兵員が足りないようだ。一方、東部・石油精製基地 のある町 Ras Lanufでは、「反カダフィ軍」がやはり包囲している筈の 西部Sirte 方面から奇襲攻撃をかけてきたカダフィ軍車両部隊との戦闘で、精油基地を警護していた兵士15人が死亡し、多数が負傷したと云う。ベンガジCNTが恐れていた、重要拠点を巡る「ゲリラ戦」が現実のものになってきたようだ。(2011.09.12)

10. 本日9月13日付の『東京新聞』は漸く、リビア「アルカイダの影」を掲載しているので、記事原文をご紹介する。

リビア アルカイダの影警戒 反カダフィ派幹部に疑惑
2011年9月13日 朝刊
 【カイロ=野村悦芳】リビア再建に向け、反カダフィ派「国民評議会」が暫定政府の設立を急ぐ中、同派幹部と国際テロ組織アルカイダとの関係をめぐる疑惑が指摘され始めている。欧米は、リビアでのイスラム過激主義の台頭を強く警戒しており、「カダフィ後」の国造りの難題になりかねない状況だ。
 「アルカイダとのつながりはない。所属したことも同じ思想でもない」。八月末、仏テレビなどで釈明に追われたのは、反カダフィ派の首都トリポリ攻略で大きな功績があった司令官、アブドルハキム・ベルハジ氏だ。評議会幹部も会見で「彼は民主国家の建設という夢をわれわれと共有している」と疑念を打ち消してみせた。
 ベルハジ氏はアルカイダと関連があるイスラム武装組織「リビア・イスラム戦闘集団(LIFG)」の元幹部。二〇〇四年に米中央情報局(CIA)に拘束された後、リビアで投獄されていた。
 同氏が否定しても、欧米の疑惑は消えない。AP通信によると、米当局者は「(同氏の発言が)本当か、うそなのか注視している」と述べた。
 欧米が懸念する背景にはチュニジアやエジプトの前例がある。独裁政権が倒れた後、イスラム主義勢力が伸長。AFP通信は、トリポリで九日、イマーム(指導者)の一人が「将来のリビアはシャリア(イスラム法)に従って治められるべきだ」と数千人の前で訴えたと伝えた。
 また、欧州連合(EU)は九月に入り、リビア内戦に乗じて、アルカイダ系組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」が武器を入手し勢力拡大を図っている可能性を指摘した。
 リビアの国民評議会は十一日、暫定政府を十日以内に設置すると発表したが、その国家観に欧米の厳しい視線が注がれている。

11. この所、英国・米国などの政府高官が「生活物資乏しい」トリポリに乗り込み、派手な「記者会見」を行っているが、これはリビア「CNT新政権」を何とか自己の「支配圏」内に置いておこうとする「必死の企て」であろう。今日のフランス・メディアに依れば、明日15日には、仏・サルコジ大統領がベンガジ・トリポリを「電撃訪問」する予定だという。一方では、カダフィ軍が依然として「強力な戦闘力」を残しており、長距離ミサイル・ロケットなどによる「トリポリ爆撃」の可能性が囁かれている。何か「悪い事」が起こらなければいいが・・・。         (2011.09.14)


<参考資料1>

『ル・モンド』「情報・訓練の遣り取り:仏・リビア協力の相貌」

Echanges d'infos, entraînements : les visages de la coopération franco-libyenne
| 07.09.11 | 11h54 • Mis à jour le 07.09.11 | 12h43
Les services secrets français auraient-ils perdu leurs réflexes lors du "printemps libyen" ? Pendant plus d'une semaine, après la chute du régime du colonel Mouammar Kadhafi, l'histoire secrète de leur relation avec leurs homologues libyens est restée libre d'accès, à Tripoli, dans des locaux désertés et dans le bureau de leur chef, Moussa Koussa, parti en exil, sans qu'ils s'y précipitent.
L'examen des archives récupérées par l'ONG Human Rights Watch, vendredi 2 septembre, permettra sans doute de lever le voile sur les relations discrètes entre Paris et Tripoli. On sait d'ores et déjà, de source diplomatique, que des documents datant de 2003 figureraient dans ces archives. Le nom du directeur du renseignement de la Direction générale de la sécurité extérieure (DGSE, service d'espionnage français), à cette époque, est mentionné comme un contact régulier des autorités libyennes et de M. Koussa.

FORCES SPÉCIALES
De 2006 à 2011, les relations se sont approfondies. Les agents français sont allés régulièrement à Tripoli et ont procédé avec leurs homologues libyens, toujours selon la même source, à des "échanges d'informations de type analytique" sur la nébuleuse Al-Qaida. Début 2011, l'Elysée a été informé du projet de rencontre entre Moussa Koussa et les chefs de deux services de renseignement français, DGSE et DCRI (Direction centrale du renseignement intérieur, contre-espionnage).
Jacques Follorou

<参考資料 2>

『テレグラフ』紙「カダフィ支持者が退いた後のゴースト・タウン」

Gaddafi's ghost town after the loyalists retreat
Andrew Gilligan visits the scene of what appears to be the first major reprisal against supporters of Gaddafi's regime.

By Andrew Gilligan, Tawarga7:00AM BST 11 Sep 2011
Until last month, the town of Tawarga was home to 10,000 civilians.
But as dusk fell over it last week, the apartment blocks stretched, black and dead, into the distance, and the only things moving were sheep.
This pro-Gaddafi settlement has been emptied of its people, vandalised and partly burned by rebel forces. The Sunday Telegraph was the first to visit the scene of what appears to be the first major reprisal against supporters of the former regime.
"We gave them thirty days to leave," said Abdul el-Mutalib Fatateth, the officer in charge of the rebel garrison in Tawarga, as his soldiers played table-football outside one of the empty apartment blocks. "We said if they didn't go, they would be conquered and imprisoned. Every single one of them has left, and we will never allow them to come back."
The people of Tawarga and their neighbours in Misurata, 20 miles down the road, were on opposite sides in Libya's revolution. As the besieged Misuratans bravely fought to save their town from the Gaddafi forces encircling it, some of the artillery fire raining down on them came from Tawarga.
"We urged them not to fight us, because they are our brothers, but they insisted on fighting," said Mr Fatateth. But he also appeared to concede that the civilians of the town had been caught in the middle, saying: "Gaddafi used to take the Tawarga people and use them as human shields when his troops approached Misurata."
Rebels say that civilian volunteers from Tawarga were with Gaddafi troops when they ransacked dozens of houses in Misurata in March. There are also claims, impossible to verify, of rape and other abuses by Tawargans. Mr Fatateth said that one young captured rebel had been tied up and used as a doormat in the town.
Whatever the truth, there appears little room for reconciliation in this corner of the new Libya. For the first time in the country's revolution, we saw large numbers of houses, and virtually every shop, systematically vandalised, looted or set on fire.
<中略>
Back in ghostly Tawarga, there is little sympathy for the victims' plight.
Mr Fatateth said: "The military council will decide what will happen to the buildings. But over our dead bodies will the Tawargas return."
Ibrahim al-Halbous, another local rebel commander, put it even more simply.
"Tawarga no longer exists," he said.

<写真> The Independent, First Post, Daily Mail, BBC news, Le Figaro, Le Monde
by shin-yamakami16 | 2011-09-05 11:06 | Comments(0)