世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

<   2015年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

f0166919_6563150.jpg


2月21日モスクワ:35000人参加「反マイダン・反ファッシズム」デモー仏 'Le Monde' 紙



説得力を増す「ヤヌコーヴィチ政権転覆・陰謀主因」説

                               山上 真

 今日2月15日零時01分からのウクライナ東部「停戦」は、何とか守られている様子だ。ウクライナ「内戦」での、二回目の停戦であるが、前回の場合は、主としてキエフ・ポロシェンコ政権側の、「戦線立て直し」を目的としたものであった為、反政府軍拠点・ドネツク中心部への砲爆撃を契機にして、いとも簡単に「停戦」は反古にされた。今回も、政権側が不利に立たされた戦線「補強」を狙ったものに違いなく、NATO・米軍の「密かな」軍事物資・装備補給を受けて、数か月を経て再び戦闘再開の恐れが高いと言えるだろう。要するに、キエフ政権側としては、「親ロシア」東部「独立」を固定化することは、決して許さない選択肢に違いない。

f0166919_6595695.jpg


       「ロシアとギリシャに苦悶するEU」ー英国 'The Independent' 紙

f0166919_2044518.jpg


   ウクライナ:「そして結局勝ったのは彼」?ー2月12日付・仏『リベラシオン』紙

 さて、一昨日から’BBC World’ がニュースとして,又特集番組 ‘Newsnight’ の中で、従来から昨年2月の「キエフ政変」の発端となったとされる「狙撃兵・銃撃」の主役が、当時のヤヌコーヴィチ政権側の何者かであるとされた「真相」は、実は反政府側デモを展開していた側、即ち現キエフ政権を構成する人物であって、事実上、その部下に命じて行った「謀略」だったことを詳細に報じ始めている。—‘BBC News’ 原文<参考資料>

f0166919_22431768.jpg


                BBC・Gabriel Gatehouse 記者

 2月12日、午後9:39、’BBC News’ キエフ特派員Gabriel Gatehouse氏は、 当時の反政府側人物二人が、政府側建物2.3階から政府軍・警察に向けて狙撃し、当時の政府側警備隊が発砲を受けて後ずさりする映像を流しつつ、実情と符合することを、欧米メディアとして初めて確認したという。

f0166919_22414017.jpg

              2014年2月キエフ・マイダン広場

 この報道」は、本ブログでも度々取り上げてきた幾つかの情報と合致するものであり、BBC番組の中で「狙撃兵」としてインタヴューを受けている人物の特定と、彼らを動かしたキエフ政権中枢に居ると思われる責任者の追及が,今後急がれる。

 本ブログでこれまでに取り上げた情報の「核心」は、次の通りである。

f0166919_224122100.jpg


*The Voice of Russia:「元英国軍情報部員David Shayler氏へのインタヴュー」
4 March, 23:55
Ukraine was coup d'état by the CIA – David Shayler

「ウクライナはCIAに因るクーデター:ウクライナで起こったことは、人民革命ではなく、注意深く仕組まれたクーデターだった。弾丸からマスクに至るまで非常に巧妙に準備され、鍛えられていた。全てがウクライナをNATOに組み込み、ロシアから切り離す為に,西側によって巧妙に纏め挙げられていた」

*2014.6.5
「ウクライナでの「マイダン革命」なるものが、キエフ「暫定」政権を構成する人物たちに「金で雇われた」スナイパーが最初に発砲し、旧ヤヌコーヴィチ警察隊と反政府デモ隊の武力衝突を誘導した*「陰謀」であった疑いがますます濃厚になりつつある。この「事実」を察知している筈のEU当局は、ことの重大性に鑑み、徹底的な調査を実行するべきだ。」

f0166919_9112841.jpg


「陰謀クーデター」で追い落とされたヤヌコーヴィチ元大統領ー2月21日、ロシアTV1で「キエフへの復帰」を表明

*「信じられないことだが、すべての疑問を解消する答えが見つかった。
その答えは「陰謀」だった。
お金で雇われた一人のスナイパーが、警察官と市民、両方を狙撃した。
撃たれた市民は、目の前にいる警察官が、いきなりピストルで発砲してきたと勘違いをしてしまう。
そして、警察と市民の決闘が始まり、最終的に100人が死んだ。
たった一人のスナイパーが、両者を射撃して、両者をケンカさせる、そのどさくさの合間にも狙撃は続き、何も知らない警察とヤヌコビッチ大統領が、市民を殺した張本人とされた。
数十発の銃弾で、簡単に政権は転覆した。
スナイパーに払う、たった一人分の手間賃で、革命は実現してしまった。」

f0166919_20510100.jpg


* 米国 'VT・VETERANS TODAY'、及びロシア 'pravda.ru.' の報道に依ると、米国の著名な映画監督 Oliver Stone 氏は、昨年初の「キエフ政変」を米国CIAに因る「クーデター」と看做して、その経過を克明に描いたドキュメンタリー映画を制作中であるという。その為に、前ウクライナ大統領・ヤヌコーヴィチ氏など関係者に会って、証言を求めている模様だ。  (2015.01.09) 


 「マイダン殺戮の未だ語られぬ話」と題するBBC報道・記事では、キエフ・マイダン広場で一年前に起きた悲劇、即ち50人以上の反政府デモ参加者と3人の警官が射殺され、この事件がきっかけになって、「革命」が起きたことを語り、「何故この射撃が始まったか」ということを問い、一般に政府側の責任とされる一方、デモ隊側は関わりを否定するけれども、「一人の男がこれまでと異なる話をしてくれた」とする。

f0166919_22453525.jpg


 それに依ると、仮名をセルゲイとする人物は普通の反政府デモ参加者に過ぎなかったが、軍隊時代の上司から狩猟用ライフル銃を渡され、2月20日早朝、マイダン広場南西角の音楽学校 ’Kief Conservatory’ に上がって、もう一人の射手と共に、広場を見下ろす位置から、警官隊に向かって射撃したという。

f0166919_2247682.png


 
 状況的に見ると、警官隊はどこから撃たれているか分からず、デモ隊の中から射撃が行われていると勘違いして、彼らに向かって「反撃し」、多数の死傷者を出す結果になった様だ。つまり、セルゲイらの「狙撃」が警官隊・射撃の「引き金」になったことは間違いない。そして、この「惨劇」が内外世論の批判を浴び、ヤヌコーヴィチ「追放」の直接的原因となった。
 
 つまり、「狙撃」という陰謀行為が「政変」を引き起こしたことになる。その裏には、ウクライナをロシアから引き離そうと企てる米国CIA及びウクライナ極右の「策謀」が存在していたという説が、説得力をますます強めている。今後の展開に注目して行きたい。 (2015.02.15)

                   <追記>
1. 各種報道に依ると、ミンスク「停戦協定」発効後も戦闘が続いていた「要衝」デバリツェボでは、親露派「ドネツク共和国軍」に包囲されていた8千人に及ぶとされるウクライナ政府軍は、数百人の捕虜や投降兵を出しつつ、北部に撤退を開始したという。これは、一昨日からプーチン大統領がウクライナ「大統領」・ポロシェンコ氏に、「兵士の生命を救うべく、ウクライナ兵が武器を措く」ように説得し、包囲脱出の為の「人道廻廊」を両派に提案した結果であろう。 (2015.02.18)

f0166919_20314881.jpg


 2月17日、ドネツクールガンスク中間「要衝」デバリツェボから撤退するキエフ政府軍

2. 英国'Channel 4' news (2月19日付)に依ると、Debaltseve の戦闘で、キエフ政府軍兵士3,000人が僅か数日の内に戦死したという。砲爆撃下何とか脱出出来た兵士たちは、厳しく怒った表情を浮かべて、口々にキエフ軍側の「裏切り・混乱した命令・作戦」をぶちまけ,自分たちがキエフ政府とポロシェンコ大統領によって「川に投げ捨てられた」と感じているということだ。(2015.02.19)

'And Ukrainians are emerging as bitter, angry men. Many speak openly of betrayal, confused orders and tactics, and feeling sold down the river by Kiev and President Poroshenko."

3. 2月19日付の仏紙『リベラシオン』は、'L’Ukraine lâchée de tous les côtés'「全ての方面から見限られたウクライナ」という論評記事を掲載し、キエフ指導部がデバリツェボ敗北の後、ウクライナ東部に「荒唐無稽」の「国連平和部隊・派遣」を求めていることを痛烈に批判している。同紙はこれまで一貫してキエフ政権支持の論陣を張って来ただけに、'Sans armes et sans protecteurs, l’Ukraine se retrouve bien seule au monde.'「武器も無く、保護者も居ないウクライナは世界で全く孤立している」という記事末尾の言葉は痛烈だ。ー<参考資料3>   (2015.02.20)

4. 今日のウクライナ『キエフ・ポスト』紙(英語版)は、'After Debaltseve Defeat, What Next?: Out from Debaltseve hell and back to the trenches'「デバルツェボ敗北の後,次は何が?デバルツェボ地獄から又塹壕へ」と題する記事を掲載して、必死の思いで脱出に成功した兵士たちの苦しみの様子を紹介した上で、記事末尾に
'But Igor, a soldier of the same brigade who fought at a distant checkpoint near the village of Chornukhyno, said he wanted to meet Poroshenko in Artemivsk and talk to him about those killed in the encirclement, but failed to find him. “I wanted to ask him: What did the best of our guys perish for?”と、生き延びた兵士イゴールがポロシェンコ大統領に対して、「何の為に最良の仲間兵士たちが死んだのか?」と問い詰めようと探しまわったが,果たせなかったエピソードを付け加えている。これまで『キエフ・ポスト』紙は、常にポロシェンコ政権支持の立場で報道しており、この紙面では,明らかにウクライナ国内に一定の「政権批判」が生まれていることを示唆している訳で、今後の成り行きが大いに注目される。 (2015.02.20)

5. 今日2月22日、キエフなどではポロシェンコ政権主催の「マイダン革命・一周年」の行進が行われているが、第二の大都市・東部ハリコフの行進で爆発事件が起こり、3人が死亡し、10人が負傷したという第一報が、日本時間午後9時過ぎに 'BBC World' 及び仏 'RFI' から報じられている。なお、首都キエフでの行進で、「各国首脳」参加という前宣伝の割には、名の通った欧米首脳が全く出ていないのは、どうしてだろうか。恐らく、BBCなどが伝え始めた「マイダン・狙撃」の真相が伝わりつつありことや、キエフ政権「不安定」に因る身辺危険性に各国とも留意しなければならないからだろう。 (2015.02.22)

6. ロシアの中立系 'The Moscow Times' 紙(2月26日付)の報道に依ると、プーチン大統領の支持率が前回調査より1%増えて86% に達したという。また、ルーブルの対ドル・レートは、最近の原油価格上昇と、ウクライナ停戦実現を歓迎して、一頃の一ドル=68.9ルーブルから、60.70 まで上昇しているという。どうやら、ロシア経済は、欧米の厳しい制裁とオイル安を克服しつつある様だ。
(2015.02.26)

f0166919_12255795.jpg


          3月10日「クリミアの人々の本音を知りたい」鳩山氏

7. この3月10日、鳩山由紀夫氏がクリミアを訪問して、現地在住の日本人たちと談笑する様子をロシアTV・RTR などが詳しく放映しているが、NHK など日本メディアは、自民党・民主党幹部が「国益を害する行動」として非難していることを同調的に伝えている。最近では、フランス政治家、例えば元外相クシュネール氏やサルコジ前大統領迄が、歴史的・民族自決的観点から、クリミア半島のロシアへの編入を現実的事実として肯定的に評価している。我が国の「政治屋」レベルが米国の顔色を窺って「自由人」鳩山氏を論難しても、「何でも見てやろう」的積極行動が必須の現代世界に於いては、説得力は乏しく、「日露関係」の打開には何の役にも立たないことだろう。(2015.03.11)


<写真> BBC News, The Independent

                    <参考資料>
1. ‘BBC News’
12 February 2015 Last updated at 00:51
The untold story of the Maidan massacre
By Gabriel Gatehouse
BBC News
A day of bloodshed on Kiev's main square, nearly a year ago, marked the end of a winter of protest against the government of president Viktor Yanukovych, who soon afterwards fled the country. More than 50 protesters and three policemen died. But how did the shooting begin? Protest organisers have always denied any involvement - but one man told the BBC a different story.
It's early in the morning, 20 February, 2014. Kiev's Maidan square is divided - on one side the riot police, the protesters on the other.
This has been going on for more than two months now. But events are about to come to a head. By the end of the day, more than 50 people will be dead, many of them gunned down in the street by security forces.
The violence will lead to the downfall of Ukraine's pro-Russian president, Viktor Yanukovych. Moscow will call 20 February an armed coup, and use it to justify the annexation of Crimea and support for separatists in Eastern Ukraine.
The protest leaders, some of whom now hold positions of power in the new Ukraine, insist full responsibility for the shootings lies with the security forces, acting on behalf of the previous government.
But one year on, some witnesses are beginning to paint a different picture.
Download Flash Player now
You need to install Flash Player to play this content.
"I didn't shoot to kill"
"I was shooting downwards at their feet," says a man we will call Sergei, who tells me he took up position in the Kiev Conservatory, a music academy on the south-west corner of the square.
"Of course, I could have hit them in the arm or anywhere. But I didn't shoot to kill."
Sergei says he had been a regular protester on the Maidan for more than a month, and that his shots at police on the square and on the roof of an underground shopping mall, caused them to retreat.
There had been shooting two days earlier, on 18 February. The 19th, a Wednesday, had been quieter, but in the evening, Sergei says, he was put in contact with a man who offered him two guns: one a 12-gauge shotgun, the other a hunting rifle, a Saiga that fired high-velocity rounds.
He chose the latter, he says, and stashed it in the Post Office building, a few yards from the Conservatory. Both buildings were under the control of the protesters.

How events unfolded on 20 February 2014
Under attack, the police retreated from their position near the front line in the square, falling back along the street on the north side of Hotel Ukraine.
Protesters then advanced towards the police, where they were shot by retreating security forces and snipers from surrounding buildings.
More than 50 people were killed, the heaviest death toll of the clashes between protesters and security forces in the Maidan.
When the shooting started early on the morning of the 20th, Sergei says, he was escorted to the Conservatory, and spent some 20 minutes before 07:00 firing on police, alongside a second gunman.
His account is partially corroborated by other witnesses. That morning, Andriy Shevchenko, then an opposition MP and part of the Maidan movement, had received a phone call from the head of the riot police on the square.
"He calls me and says, 'Andriy, somebody is shooting at my guys.' And he said that the shooting was from the Conservatory."
Shevchenko contacted the man in charge of security for the protesters, Andriy Parubiy, known as the Commandant of the Maidan.
"I sent a group of my best men to go through the entire Conservatory building and determine whether there were any firing positions," Parubiy says.
Meanwhile the MP, Andriy Shevchenko, was getting increasingly panicked phone calls.
"I kept getting calls from the police officer, who said: 'I have three people wounded, I have five people wounded, I have one person dead.' And at some point he says, 'I am pulling out.' And he says, 'Andriy I do not know what will be next.' But I clearly felt that something really bad was about to happen."
Andriy Parubiy, now deputy speaker of the Ukrainian parliament, says his men found no gunmen in the Conservatory building.
But a photographer who gained access to the Conservatory later in the morning - shortly after 08:00 - took pictures there of men with guns, although he did not see them fire.
<後略>

2. 英国‘Morning Star’紙
Eu Must Back Off From Kievー「EU はキエフから引き下がらねばならない」
FEB 2015 Friday 13TH
posted by Morning Star in Editorial
TIME alone will decide whether the deal hammered out in Minsk will bring a lasting peace and reconciliation for the people of Ukraine.
Thousands of people have perished needlessly in the past year as a direct result of the European Union and the US having meddled recklessly in the situation there.
Both remain stuck in the cold-war era and are determined to isolate Russia.
This means reneging on past agreements not to extend the sway of Nato to the borders of Russia while drawing as many former Soviet republics as possible into the grip of the EU.
Trading links between Ukraine, with its heavy industries in the east of the country, and Russia remain substantial, although threatened by the determination of the EU to absorb Ukraine and weaken its historical links with its eastern neighbour.
When former president Viktor Yanukovych declined to sign a document of association with the EU for fear of losing Ukraine’s relationship with Russia, Brussels encouraged not only mass demonstrations but a violent revolt.
Global mass media dismissed Yanukovych’s claims that the supposedly peaceful Euromaidan occupation was accompanied by well-organised armed units that opened fire on police and also on anti-government demonstrators to induce chaos and provoke more protests.
Estonian Foreign Minister Urmas Paet told EU foreign policy head Catherine Ashton at the time that this was widely spoken of in Kiev, but neither the EU nor US took it seriously.
BBC journalist Gabriel Gatehouse has belatedly provided an alternative narrative to the global media fairy tales, having interviewed a self-confessed Maidan sniper.
As protests and chaos grew, Yanukovych fled the country and a new leadership took over, emboldened by EU and US backing.
  <後略>

3. 仏『リベラシオン』紙 ー「全ての方面から見限られたウクライナ」
L’Ukraine lâchée de tous les côtés
HÉLÈNE DESPIC-POPOVIC 19 FÉVRIER 2015 À 19:46
ANALYSESans grand espoir, le président Porochenko en appelle à l’ONU, qui se défausse sur l’OSCE.
REPORTAGE
«Nos soldats sont juste de la chair à canon» Par Sébastien Gobert
A ECOUTER
Ukraine, l'épuisement
Humilié par les prorusses, qui lui ont arraché la poche de Debaltsveve au mépris du très récent cessez-le-feu conclu à Minsk sous l’égide du tandem franco-allemand, le président Petro Porochenko veut encore croire à une internationalisation du conflit qui secoue l’est de son pays depuis un an. Mercredi, il a annoncé que l’Ukraine demanderait un contingent de soldats de la paix pour surveiller la frontière ukrainienne - qu’elle ne contrôle plus depuis des mois et par laquelle entrent équipement militaire, soldats et volontaires russes - ainsi que la ligne de démarcation entre forces en conflit. Ce serait «la meilleure option […] pour garantir la sécurité, dans une situation où le cessez-le-feu n’est respecté ni par la Russie ni par ceux qui la soutiennent», a dit Porochenko. Sans convaincre personne. Le chef de l’Etat ukrainien cherche à «détruire les accords de Minsk», s’est insurgé l’ambassadeur russe à l’ONU, Vitali Tchourkine, alors que les séparatistes ont d’entrée de jeu dénoncé une proposition qui, selon eux, serait «une violation des accords».
Illusoire. Sans l’aval de Moscou, qui dispose du droit de veto au Conseil de sécurité, il est illusoire de croire qu’une opération de la paix puisse être parrainée par l’ONU. L’envoi d’une mission policière de l’Union européenne sous mandat onusien, considéré par Porochenko comme «le meilleur format», est donc condamné d’avance. La diplomatie européenne ne s’est pas pressée pour s’emparer du projet. Le déploiement d’une mission de police européenne dans l’est de l’Ukraine pour surveiller la frontière avec la Russie est du ressort de l’OSCE, a-t-elle souligné. «A ce stade, l’objectif est la mise en œuvre des accords de Minsk», qui ne prévoient rien de tel, a même fait remarquer une porte-parole de l’ONU, Catherine Ray, en s’empressant de citer d’autres engagements pris par les signataires, notamment «le respect du cessez-le-feu» ou «le retrait des armes lourdes».

Théorique. Ces derniers engagements impliquent un contrôle par l’OSCE, qui dispose d’observateurs sur place. Un monitoring plus que théorique car leur présence n’a jamais été tolérée que sur un faible nombre de passages frontaliers entre la Russie et le Donbass. Ils ont notamment été empêchés d’entrer à Debaltseve alors que des combats se menaient pour le contrôle de cette poche dans les jours suivant l’annonce de la trêve de Minsk.

La chute de cette position ukrainienne avancée n’a fait que dévoiler l’ampleur du déséquilibre des forces armées entre les prorusses et les loyalistes. Et la faiblesse des négociateurs franco-allemands, qui n’avaient pas insisté pour que Debaltseve figure en toutes lettres dans l’accord du 12 février. Si Minsk a sauvé Kiev d’une grave défaite, il ne lui a épargné ni la honte de se faire grignoter de nouvelles miettes de son territoire ni le risque d’en perdre d’autres à l’occasion de ce processus de retrait des armes lourdes. Sans armes et sans protecteurs, l’Ukraine se retrouve bien seule au monde.
by shin-yamakami16 | 2015-02-15 22:47 | Comments(0)
f0166919_10412386.jpg


                  イスラム世界

「テロ対策・強化」も、安倍氏の言う「普通の国」資格条件か?


                                  山上 真
 
 今朝起きてみると、故後藤健二氏と共に、テロリストのサジダ・リシャウィ死刑囚との捕虜交換を語られていたヨルダン軍パイロットのムアズ・カサースベ氏が、1月3日に焼き殺されていたという衝撃的映像が公開されていた。
 *Isis の残虐性が重ねて語られることになるだろう。(*Isis=Islamic State in Iraq and al-Sham:「イスラム国」・イラク・シリアで活動する武装勢力)

 先日(2月1日)5時半頃起きて,いつもの様に先ずBS・TV のチャンネルを幾つか点けて、続いて’NHK 1’を視たところ、常にないニュース番組をやっていて、字幕を見ると、後藤健二さんが「殺害されたというvideo が流された」という第一報を報じていた。

 日本民放では未だ普通番組をやっていたが、外電の ’BBC World’ は既に字幕と共に、男性キャスターが
‘Video appears to show IS militant beheading Kenji Goto’ —「ヴィデオはイスラム国・戦闘員がケンジ・ゴトーを斬首しているのを見せている」
という、一歩進んだ形の述べ方をしていた。
 6時近くになると、どこのTV局も一斉に、「後藤さん・殺害」可能性を報じ始めた。

 遂に恐れていたことが起きてしまったという、遣り切れない思いに襲われた。先ず、最後まで後藤氏の生還を切望していた御親族の悲しみが察せられた。やっぱり、先の湯川さんの時に続いて、悲劇は避け得なかった。如何なる「理由」があるにせよ、Isis には、「人間としての感情」は全く通じない様だ。

 幾つかの映像などの「証拠」から見ると、後藤氏はどうも、湯川氏「救出」という目的の外、「有志連合」空爆下のIsis 支配地域での状況を実見しようという目的で、敢えてアレッポ周辺に向かったと思われる節がある。ひょっとするとIsis に捕らえられて、万事休すという「覚悟」もあっただろう。


 安倍首相が6:40頃に現われて、いつもの調子の「テロを非難し、ヨルダン側の協力を感謝する」旨の談話があった。「一連の対応に問題があったとお思いでしょうか?」という問いかけが報道陣から飛んだが、どういう訳か、TV・Asahiは直ぐに画面をスタジオへと変えてしまった。ここでも、「非常時」に備えての、政府側のメディア対策が看て取れる。とにかく、出来る限り、政府への批判を逸らせようという「作戦」だ。「政府として全力で対応した」というが、具体的に何をして来たのか、甚だ疑問だ。
 
 BBC World 東京特派員Rupert Wingfield-Hayes氏は、2月1日午後、悲劇に至った事件の概要を述べて、後藤氏の母の遣りようのない悲しみの様子を紹介した後、「日本人はテロとの戦いを訴えるアベ首相を支えるだろうか、それとも、二人の死を招いたアベ氏の対応の仕方を咎めるだろうか?」と結んだ。

 さて、ここに至る迄、「イスラム国」を巡って、世界の状況はどういう経過を辿ったのだろうか。大筋を追うと、次の様になる。

 *この数か月、アフリカ・ナイジェリアを中心にして、Isis 近親「ボコ・ハラム」がテロ攻撃を続け、幾度か数百人規模の殺戮を行う。

 *2015年1月7日、パリ’Charlie Hebdo’ (週刊誌)事務所で編集会議中に自動小銃を持った男らが乱入、同紙編集長と編集関係者、風刺画家、警官2人の計12人が死亡し、約20人が負傷した。 犠牲者には、この事件に続いてモンルージュ警官襲撃事件、ユダヤ食品スーパー襲撃事件が起こり、多発的なテロ事件に発展したが、特殊部隊により計3名の犯人が射殺された。『エブド』社事件の容疑者は、アルジェリア系フランス人でパリ出身の34歳と32歳の兄弟。イエメン「アルカイダ」でテロ訓練を受けていたという。このうちの1人は2005年にイラクにジハーディストを送り込んだ事件に関連して、執行猶予の付いた有罪判決を言い渡されていた。
 イスラム教開祖・ムハンマドを戯画的に批判したことが主な原因とされ、「表現の自由」と「メディアの節度」の問題がクローズ・アップされる。
  パリで11日、事件の犠牲者を悼み、「表現の自由」を擁護して連帯を示す為、数十万人の市民が行進に参加した。

*1月16日、事件後もシャルリー・エブドが預言者の風刺画を載せたことに対して、アフリカ各地で抗議デモが発生した。アルジェリアでは数千人がデモに参加し、一部が暴徒化して警官と衝突した。ニジェールではデモの他、キリスト教の教会が襲撃され、フランスの文化センターが焼き討ちにあった。この他、シリア・イラン、パキスタン・カラチ、インドネシア・マレーシア・ロシア南部・チェチェン共和国などでイスラム教徒による数千から百万人規模の「風刺画抗議」デモが展開された。
 まさに、「文明の衝突」の趣だ。

 こうした世界的雰囲気の中、日本首相・安倍氏は1月16日からエジプト・イスラエルなどを訪問した訳だが、日本人二人が「イスラム国」によって拘束されているという情報を知っての上での行動だった。

 そこには、民間人の「不適切な」行動と、その結果によって、政府の外交日程が聊かも縛られてはならない、という「大義名分」があっただろう。
 しかし、これまでにIsisによって何人もの欧米人が人質に取られて,斬首されている事実に照らして、「もし、日本人二人が同様の運命に陥った場合は?」」という「事前想定」を行わなかったのだろうか?
 もし、何も考えずに中東に出掛けたとしたら、一国の運命を担う宰相としては,余りにもお粗末だ。

 しかも安倍首相は、イラク・シリアで欧米など「有志連合」10か国による「空爆」が続くこの時期に、「Isis と戦う為の近隣諸国への2億ドル援助」を表明した。
 安倍首相が、軍事面でなく、民生の為だと主張したところで、資金は周辺国の軍事面に流れて、日本も「有志連合」に加わったと看做されてしまう。それを承知の上での「巨額援助」だろう。

 既に日本人がIsisに拘留されているのを知り乍ら、「Isis名指し」の演説というリスクは考えなかったのか、大いに疑問だ。要するに、「人間の命」を救いたいという観点が脱落していると言わざるを得ない。

 1月20日、Isis の「湯川・後藤両氏を殺害する」と予告する動画が出てからのことだが、何故政府は、初動段階で「具体的な」手を打たなかったのか?
 菅官房長官が言う事は、「連絡を取り乍ら、しっかりとやっております」と言うだけで、実はヨルダン政府におんぶするだけで何もやっていなかったことが、後藤氏が斬首された後で、全て暴露された。

 「生命を救う」ことが至上命令とすれば、米国などの言う「テロリストとは交渉せず」という「建前」を超えて、フランスやドイツの様な「人質生還」の為の手だても「人道上」許されると、筆者は考える。
 「建前」を主張する米国指導部は、「イスラム国」誕生を招く遠因となった自らの「イラク戦争」という甚だしい失敗を考えてみるがよい。

 筆者は今でも、数十万人の人々の命を犠牲にした「イラク戦争」の張本人であるブッシュ・ブレア両人は「戦争犯罪者」として、ハーグの「国際司法裁判所」で訴追されるべきだと思っている。


 後藤氏殺害の際に発せられた「Isis 声明」は、「場所を問わずに日本人を殺りくする」と宣言したことで、世界中の日本人が現実的に脅威に曝される事態となった。’J CAST’ ニュース(2月4日付)に依れば、「安倍首相のせいで日本人がテロの標的になる」と、「NYに住む友人たちがみんな怒りまくっている」という。

「海外で働いている私たちをどうして危険にさらすような演説をしたんだ」

「私たちは平和を貫く日本人だったのに、安倍のせいで狙われる対象になった」

 フォトジャーナリストの豊田直巳さんも、ツイッターで、NHKの取材に答えたと報告したうえで、安倍首相の対応を批判した。「交渉を失敗した安倍政権による敵愾心の煽動が怖い」といい、取材に対し、「彼を殺すことを真剣に止めようとしなかった日本政府に対しても、何をしてきたんだという失望と絶望と憤りを感じます」と話したとした。ただ、NHKサイトのニュースでは、この部分はすべて反映されておらず、代わりに「日本政府はどう交渉していたのかという気持ちです」という表現になっていた。 —‘J CAST’

 
 恐らく、この様な反応が我々日本人の多くが共感しているものだろう。この上更に「人質救出の為の軍事的手段」を口にしたりすることは、「愚の骨頂」と言うべき無謀さだ。


 この拙文の最後に、今度の問題の本質を衝く見解として、MSN・HPに掲載されていた孫崎享氏の「安倍外交がイスラム国テロを誘発した」(1月27日付『東洋経済』オンライン)と題する記事を紹介させて戴く。
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
MSNニュース掲載
「安倍外交が『イスラム国』のテロを誘発した」— 孫崎享・元駐イラン大使に聞く 12 時間前 内田 通夫  © 東洋経済オンライン

安倍首相は中東歴訪の中でイスラエルを訪問、1月19日にネタニヤフ・イスラエル首相と記者会見
1月20日、「イスラム国」が拘束した日本人二人の殺害を予告、身代金を要求する事件が起き、日本国民に衝撃を与えた。また、1月24日から25日にかけて、人質のうちの一人、湯川遥菜さんが殺害されたとの情報が伝えられる事態に至った。日本政府は直接の交渉のパイプがなく、厳しい状況に置かれている。

 「イスラム国」に標的にされたことの意味や、今後、日本にとって懸念されるリスクについて、孫崎享・元駐イラン大使に話を聞いた。

 ――「イスラム国」が日本に矛先を向けてきた背景をどう見ますか。
 安倍晋三首相は中東歴訪の中、1月17日、エジプトで「イスラム国」対策のため、としてイラクやレバノンに2億ドルを支援することを表明した。2億ドルには難民支援、人道支援という名目が付けられている。しかし、安倍首相は「「イスラム国」の脅威を食い止めるため」、「イスラム国と闘う周辺各国に」としており、利敵行為とみなされる。人道支援や、後方支援といった名目に日本人は惑わされやすい。
 
 戦闘行為、敵対行為の主な部分は、後方支援なのだ。たとえば、アフガニスタンでイスラム原理主義組織タリバンに対する戦闘を担ったのがNATO(北大西洋条約機構)だが、当初はアフガニスタンの経済復興を支援する、との目的を掲げて軍を派遣した。だが、タリバンからみれば、NATOの行動は敵対行為、戦闘行為そのものである。当然、NATO軍の進出に武力で攻撃し、NATO軍も反撃する。こうした戦闘の連鎖により、当初の経済復興支援という看板とは異なり、2014年に終了するまで長期にわたる大規模なアフガニスタン派兵となった。
 
 また、安倍首相は今回、イスラエルを訪問して、イスラエルと日本の両方の国旗の前で、ネタニヤフ・イスラエル首相と両国が連携を強化することを表明した。これまでもイスラエルとの対話はあったが、このような形式をとることはなかった。イスラエルとはサイバーテロや無人機など安全保障関連分野での提携を深めようとしている。イスラム社会の反発は当然、予想されることであり、安倍首相は配慮が足りない。

 「イスラム国」の立場からみれば、イスラエルを含む中東諸国を訪問して、公然と「イスラム国」に敵対する示威行動をしたに等しい。「イスラム国」は今回の安倍首相のカイロでの発言を、宣戦布告と見なし、湯川遥菜さん殺害につながってしまった。安倍首相の中東歴訪と2億ドルの人道支援声明が、残念な結果をもたらしたことになる。

 まごさき・うける●1943年旧満洲国鞍山生まれ。東京大学法学部中退、外務省入省。英・米・ソ連・イラク・カナダ駐在、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。防衛大学校教授(公共政策学科長、人文社会学群長)を経て、2009年に定年退官。著書に『戦後史の正体』、『日本の国境問題』(ちくま新書)、『戦後史の正体』(創元社)、『これから日本はどうなるか――米国衰退と日本』(ちくま新書)『小説外務省-尖閣問題の正体』(現代書館)など著作多数。(撮影:今井康一)

 安倍首相の発言はタイミングも最悪であった。西洋社会とイスラム社会との対立感情はここ数年でかつてなく、高まっている。とくに、今年1月、パリで起きたイスラム過激派による風刺新聞社「シャルリ・エブド」襲撃事件に対し、フランスのオランド大統領が先頭に立って組織したパリ大行進は、「西洋世界対イスラム世界」の戦いを世界に印象づけた。さらに、フランスはシリア沖に空母を派遣し、「イスラム国」との対決を鮮明にしていた。
 
 「シャルリ・エブド」紙が掲載した預言者ムハンマドへの風刺画は、多くの識者が指摘しているように、イスラム教やイスラム世界への風刺といったものではなく、誹謗、中傷のレベル。フランス政府も国民もこれを止めようとはせず、さらに表現をエスカレートさせている。言論、表現の自由にも一定の節度があるはずだ。
 
  それぞれの側で過激な行動に走る人々は少数派だが、イスラム世界は、西洋社会の挑発と迫害が強まったと感じている。

 ――イスラム社会の日本への見方が変わってくるのでしょうか。

 1973年の第1次石油危機後、日本はアラブ・イスラム諸国と良好な関係を築いてきた。アラブ・イスラム諸国も、日本に対して友好的な感情を抱いてきた。アラブ・イスラム諸国との友好的な関係という貴重な財産が、安倍首相の前のめりの外交政策により、毀損されるのではないかと強く危惧する。
 
  わたしが外務省に在職していた1980年代に、イスラエルに赴任する大使に向かって、幹部が「現地であまり仕事をするな」と言ったのを覚えている。日本がイスラエル寄りの国であると思われることにはリスクがあったからだ。そういう感覚は安倍首相にはまったくないようだ。
 
  1979年11月にイランの米国大使館占拠事件があった。その後、そこは、年に1度一般に開放されるが、展示の第1室が「広島・長崎への原爆投下」であり、「日本こそは米国の最初の犠牲者である」とされている。イスラム過激派の心情においても、日本は敵ではない、とされていた。
 国際社会から承認された「国家」ではないとはいえ、「イスラム国」が日本を西洋世界によるイスラム世界包囲網に与する「敵」と見なしたことの意味は大きい。イスラム教やイスラム世界を「テロリズム」と結びつける言説が、世界の大衆の間で広がっている。日本でも今回の湯川さん殺害事件でそうした印象が強まってしまうだろう。

  しかし、イスラム教やイスラム世界を暴力的だと見なす風潮は、欧米メディアの宣伝の結果だ。本来のイスラム教は預言者のムハンマドの出自から明らかなように商人の宗教であり、平和を愛する教義である。西欧列強が介入する前のイスラム社会は、ほかの宗教を信じる人々と共存していた。自らは攻撃しない。しかし、イスラム教は攻撃されたり、迫害されたりした場合には、抵抗し、抗戦する権利を認めている。

 ――安倍首相は昨年、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈を閣議決定し、今年中に、行使を可能にする法改正を行います。


 安倍政権の前のめりの外交政策には、2つの要因があると考える。
 
 第1には、米国の要望に従い、集団的自衛権の行使などを進めて、日米同盟を深めないと、東アジアの危機に際して米国の支援が得られにくいと危惧しているのだろう。東アジア危機とは尖閣問題や北朝鮮有事が念頭にある。しかし、東アジアで米国が何かをしてくれるという期待は幻想に過ぎない。中東などで日本が後方支援をすれば、日本を東アジアの有事から守ってくれるわけではない。

 米国のラムズフェルド元国防長官は、「今後の米国の外交政策は案件ごとの組み合わせで決まる」という趣旨の発言をしている。発言の裏を読むと、「米国は必ず(中国から)日本を守るわけではない」になる。これが本音である。

 第2に、安倍首相はすべての政策においてそうであるが、ある案件、事象について、自分の立場を決めたら、その路線を突き進む。それに伴うリスクを考慮せず、またその立場と違った意見や助言をまったく好まない。例えば、中曽根康弘元首相は、後藤田正晴のような人を官房長官に据えて、違った意見を聞こうとした。安倍首相はそのようなスタイルではない。安倍首相の周囲やブレーンには、安倍首相と考えを同じくする人々しかおらず、苦言を呈したり、忠告をしたりする人がほとんどいない。

 米国の中東政策は米ソ冷戦構造の崩壊以降、歪んでいる。その理由は2つある。第1に軍産複合体の要請であり、第2にイスラエルの存在だ。
 
 1980年代末~90年代にかけては、軍需から民需へ転換する必要があったが、ペンタゴンは軍事力を維持したい。そこで、敵としてイラン、イラク、北朝鮮と言った不安定な国々を想定した。だが、これらの国が自ら米国を攻撃するわけはないから、こうした国々の体制を変えるべきだという主張を持って、「中東民主化」という名目で積極介入していった。
 
 現状でも、国防費は削減する方向にあるが、イラク、アフガニスタン戦費は別枠ということになっていた。しかし、オバマ大統領はアフガニスタン、イラクからの撤退を進め、昨年は軍需産業でも人員整理が行われていた。そこへ、「イスラム国」が台頭してきたことで、軍需産業の株価は暴騰している。  

 今後、集団的自衛権行使の法整備が進み、日本が後方支援という名目で、中東地域に自衛隊を派遣する方向にある。するとどういうことが予想されるのか。今回の事件は教訓になっている。アラブ・イスラム世界と長年かけて築いた良好な関係や、信頼は毀損されていき、日本人が「テロ」の対象になることが懸念される。今回のイスラム国の人質殺害事件がその嚆矢であってほしくない。


            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
 安倍「中東訪問」に引き続く一連の「イスラム国家」テロ事件で、日本を取り巻く世界的情勢がすっかり変わってしまった。愚かな指導者を戴いた国民は、その「愚かさ」の齎す「ツケ」を払わなければならない運命になるのは、当然至極のことだ。(2015.02.04)


<写真・資料> Wikipedia

                  <参考資料>
1. 2月2日付『日刊ゲンダイ』ー古賀茂明氏が語る「I am not Abe」発言の真意
安倍首相は「有志国連合」の有力メンバーになりたかった
 イスラム国の人質事件では、ほとんどの大メディアが安倍政権批判を控えている。そこにあるのは、「人質が殺されそうなときに足を引っ張るな」という情緒論だが、そんな中、敢然と、しかも痛烈な言葉で安倍首相を批判したのが、元経産官僚の古賀茂明氏(59)だ。
「フランス人は『Je suis Charlie(私はシャルリー)』というプラカードを持って行進したけど、日本人は今、『I am not Abe』というカードを掲げる必要があると思う」
 テレビ朝日系の「報道ステーション」での発言に官邸は激怒、ネトウヨたちは大騒ぎとなった。一方、「よくぞ言った」という支援の輪も広がりつつある。古賀氏が改めて“過激発言”の真意を語った。
――あの発言が出た直後から、大変な反響だったと聞きましたよ。官邸の秘書官筋からテレビ朝日の上層部に抗議の電話が入り、大騒ぎになったとか。古賀さん自身には何かありましたか?
局に対してはいろいろな声があったようですが、僕には直接ありません。でも、誰かが声を上げて、「これはおかしい」と言わなければ、太平洋戦争と同じ状況になってしまう。だから、注目度が高い番組に出た際、考え抜いて発言したわけで、反論は予想通りですし、むしろ反響の大きさに驚いているくらいです。
――戦前と同じ状況というのは、ついに日本も米国と一緒に泥沼のテロとの戦いに引きずり込まれてしまった。キッカケは安倍首相の軽率としか思えない中東歴訪と、イスラム国と戦う国への2億ドル支援表明です。多くの日本人が不安を抱えているのに、声に出せない。そんな状況ということですか?
 今度の人質事件では、いろいろな報道がされていました。でも、必ず最後の方は「テロは許しがたい行為だ」「いまは一致団結して、安倍さんの戦いを支持すべきだ」というところに帰結してしまうんですね。そうなると、あらゆる議論が封じ込まれてしまう。今は戦前のように治安維持法もないし、特高警察もいませんが、安倍政権のテロとの戦いに異論を挟むのは非国民だ、みたいな雰囲気が醸成されつつある。テロリストを擁護する気は毛頭ありませんが、日本が米国と一緒になって世界中で戦争に参加する国だというイメージをつくっていいのか。多くの人が違うと思っているのに、誰も声を出せない。それってやっぱり、おかしいでしょう。
――順番に伺います。古賀さんは安倍総理が中東歴訪以前に後藤さんが人質になっていることを知っていたという前提で話された。「臆測でものを言うな」という批判もありました。一部報道では当初10億円、その後20億円の身代金要求があり、奥さんは外務省に相談していたと報じられたからですか?
 政府はずっと前から知っていたことを認めましたよね。でも、それは官僚だった私から見れば当たり前のことでした。こうした情報に接した官僚が上に上げないということはあり得ません。あとで情報を上げなかったことが分かったら、大変な失態になるからです。大臣秘書官、次官、官房長にはすぐ上げる。同時に官邸の外務省出身の秘書官にも連絡がいくはずです。その秘書官が安倍首相に伝えないということもあり得ない。伝えなければ、大きなリスクを背負うし、伝えて損をすることはないからです。
――だとすると、この時点で官邸・外務省は身代金を払わない方針を決めたのか、「放っとけ」とばかりに無視したのか。右往左往しているうちに時間が過ぎてしまったのか。
 10、20億円程度であれば、官房機密費で払えます。まして、1月には安倍首相の中東歴訪が控えている。身代金を払って解決させる選択肢もあったはずですが、官邸にそういう提案をして却下されたのか、それさえできない雰囲気だったのか。いずれにしても、人命よりも優先させたい事情があったとみるべきです。
――それは何ですか?
 安倍首相は対イスラム国の有志国連合の有力なメンバーになりたかったのだと思います。世界の列強と肩を並べて、認められたい。それが安倍首相の願望であるのは間違いないと思います。そんなときにイスラム国に身代金を払ったことがバレたら、米英に顔向けできなくなる。そんなリスクは背負いたくない。後藤さんの命よりそちらを優先したのです。
―なるほど。そうなると、安倍首相がエジプトでイスラム国に宣戦布告するような言い方で、2億ドルの支援表明をしたのも分かりますね。
 有志国連合として認めてもらうために空爆や武器供与をしたいけど、現行の憲法ではできない。できるのは人道支援くらいです。そこで、イスラム国を名指しして、そこと戦うためのお金であると聞こえる言い方をした。他にもテロ組織はたくさんあるのに、イスラム国にだけ言及したのは不自然ですし、本来、人道支援というのは武力紛争にはかかわらず、どちらにも加担せずに、政治的意図を排除して、人道主義の立場から行うもので、日本はいつもそれを強調していた。ところが、あの演説は人道支援というトーンを弱めて、軍事的政治的意図を込めた支援であるような言い方をした。この発言を米英は歓迎したようですが、身代金を取れずに焦れていたイスラム国にしてみれば、これで交渉の余地なしとなった。「宣戦布告された」となったのだと思います。
<後略>
▽こが・しげあき 1955年、長崎県生まれ。東大法卒。通産省へ。行政改革などにかかわり、改革派官僚として名を馳せる。2011年に退職、評論活動へ。「日本中枢の崩壊」(講談社)が38万部のベストセラー。近著は「国家の暴走 安倍政権の世論操作術」(角川oneテーマ21)。
by shin-yamakami16 | 2015-02-04 10:40 | Comments(0)