世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

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Paul Quilès氏:「核抑止力」維持という愚かな発想を放棄せよ!

                             山上 真

 この正月明け1月5日、朝鮮半島北部で人工的と思われるM4.8の地震が発生し、6日午前、「北」朝鮮は「水爆」実験成功を発表した。しかも、水爆「小型化」に成功したことを付け加えた。

 しかし、「北」当局は「先制攻撃」を行う意図を否定し、米国の攻撃に備えた「核抑止力」とする意図を鮮明にした。同時に潜航中の潜水艦から発射のミサイル ’submarine launched ballistic missile’=SLBM実験映像も披露し、米国への対応を充分に顕示した。

 米国防省は、「北」の「’H-Bomb’ 開発成功」への懐疑を表明する一方、 グアムから中国「南シナ海・島嶼開発」に対したのと同じく、戦略爆撃機B-52 を発進させ、韓国・ウソン基地上空を低空飛行、「北」への威嚇行動に出ると同時に、日本海潜航中の潜水艦からのSLBM発射訓練をメディアに披露している。

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 こうした異常事態について、1月11日夕刻の中国TVニュース・解説番組では、B-52から発射された’Bunker Buster’:バンカーバスター・地中貫通爆弾などによる「北」核基地攻撃が万一実行された場合、たとえ「核全面戦争」に至らなくとも、核物質などによる広域環境汚染が避けられず、極東は深刻な事態に陥ることを指摘していた。

 そんな折り、1月11日8時頃、朝食を取り乍ら気楽な積りで仏’TV 5 Monde’ を視聴していた処、毎月曜日放映の ’Le Monde International’ という、一人の招待人物に対して主幹を含む3人のスタッフが時に厳しい質問を投げかける討論番組が始まった。

 この日の論客は、故ミッテラン大統領率いる社会党政権時代(1981年5月10日 – 1995年5月17日)に内相・国防相を務めたというポール・キレス氏 (Paul Quilès)であったが、 番組冒頭、相次ぐテロ事件に見舞われている現代フランス・欧米の状況に就いて、忌憚のない意見を吐露しているのに思わず引き込まれ、約一時間の番組の最後迄見てしまう羽目に陥った。


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Paul Quilès 氏
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               ミッテラン大統領とキレス氏


 Quilès 氏 の現代的テーマについての主張を、その’blog’ 内容を加えて纏めると、次の様になる。

「最近のパリなどで起きたテロ事件は、遠因が1979年頃から始まったアフガン紛争・戦争や、2003年のイラク戦争に辿られる。其処には、旧ソ連・米国・英国・フランスなど欧米列強が深く関わり、イスラム社会vs.キリスト文化圏という対立構図が否応無く創られてしまったが、欧米諸国の責任は決して軽くない。フランスのオランド現政権は、テロ対策をエスカレートさせて、最近の* ‘déchéance de nationalité’ (国籍剥奪)という問題を提起して、「改憲」を企てているが、これは基本的人権を重んじる憲法上行き過ぎた政策であり、社会党ばかりでなく、仏国内を分裂に導くものだ」

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 討論の中では、仏国内に蔓延りつつある「排外主義」に乗じて勢力を飛躍的に伸ばしつつある極右 ’Front National’ ・「国民戦線」への警戒心も強く示された。

 討論の後半は、「北・水爆」実験に関わる形でPaul Quilès氏の2013年発刊著作 ‘Arrêtez la bombe!’「核爆弾を廃絶せよ!」に移った。Quilès氏の主張は次の様なものである。

 「核兵器は、保有国の安全保障を齎すどころか、地球全体への途方もないリスクを課している。ヒロシマ・ナガサキの惨劇を思い起こす際に、我々は、この破壊兵器は、歴史上最悪の政権・ナチスの「核」開発計画から始まったことを想起しなければならない。たとえ核抑止力という考え方が、疑念を孕み乍ら冷戦の流れの中で二大超大国とその同盟国の間での平和と安定性を保障したとしても、恐怖の均衡状態を継続することは、我々の社会の多くの人々にとって決して受け入れられるものではない。何故ならば、幾らかの核保有国の「安全保障」よりも遥かに大きなリスクを地球上に齎すからだ。核兵器は、今や広島・長崎原爆よりも数千倍の威力を持ち、一瞬にして数百万人の死傷者を生み出す恐れがあるにも拘らず、生物・化学兵器全面禁止条約があるのに、核兵器は何の全面禁止条項が国際的に無いということは、如何に不条理なことだろうか」


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「日本の早期降伏に原爆使用が必要だったという米国トルーマン大統領などの言説は疑わしく、ナチス・ドイツに先駆けて原爆開発を成功させるべく、完成の為の『実験』場として、ヒロシマ・ナガサキが投下目標になったのだ。日本降伏は、ソ連軍の満州・サハリン列島への侵攻によって既に決定的になっていたものであり、原爆投下によってではない」

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 米国の「ヒロシマ・ナガサキ」原爆投下の「非人道性」を弾劾したアルベール・カミュ

 「日本への原爆投下を当たり前の様に受け入れていたフランス人の中で、唯一人*アルベール・カミュは近代科学が齎した大量破壊の非人道性を告発している。カミュは米国の日本原爆投下に異議を唱え、今や人類の前には、自ら開発した機械文明による組織的集団自殺か、それとも、科学成果の知的利用の道しかないと述べた」

  以上、Quilès氏の主張は全く単刀直入、明快なもので、特に「核」問題に就いては、’TV5 Monde’ 討論主幹及び参加スタッフの多くが納得している様に思われた。
 英国でも、労働党新党首Jeremy Corbyn氏が予てからの主張である「核ミサイル・トライデント」廃止を巡って、党内反対派を不撓不屈の情熱を保って説得し続けている。
 
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         核兵器「廃絶」を目指す英国労働党首 Jeremy Corbyn氏

 話を冒頭の「今日的問題」に戻すと、「北」に対する対応の仕方に就いては相変わらずの「北制裁」論議が主流となっているが、最早「制裁の対象」が殆ど尽きた観があり、このままでは「北」の核開発は進行するばかりであることを誰でも知っている。
 やはり、2010年以来、「北」の挑発行動を理由に中止されている「6か国協議」を再開するしか手は無く、既に英・中両国は再開支持を表明しているという。

 先日偶々視聴していた 'ANN’ 夕刻ニュース番組で、前延世大学・現拓殖大学教授・武貞秀士氏が、日本政府の取るべき態度として、例えば英国政府がやっている様に、ピョンヤンに*「大使館」とか、連絡事務所などを設置して、積極的に「北」政府を説得する様な方法を採ることが賢明ではないかと述べていたが、筆者は全く同感である。制裁という形だけでは何の成果も生まないことを、関係者は一刻も早く悟るべきだ。

 「北」朝鮮ばかりでなく、「新冷戦」を口実にして新たな核戦力を構築しつつある米国・オバマ大統領とロシア・プーチン同統領の責任は極めて重いと言わねばならない。

 いずれにしても、「北」問題を契機として、「核」に依る「抑止論」、核保有合理化論を克服して、全ての国家の「核兵器廃絶」の機会とすることに近い将来至れば、これ程人類福祉に貢献することは他に無い。 (2017.01.12)

<注>
*Paul Quilès Biographie:
Après des études à l'École polytechnique4 (promotion X1961), Paul Quilès devient en 1964 ingénieur dans le secteur de l'énergie, notamment auprès de la compagnie pétrolière Shell5, profession qu'il occupe jusqu'en 1978. Il est également membre d'une section au Conseil économique et social de 1974 à 1976. Il s'engage en politique en 1973 comme membre du Parti socialiste, et, proche de François Mitterrand, il est son directeur de campagne en 19816, puis est élu député de Paris (voir dans les sections appropriées le détail de ses mandats et fonctions).
De par sa formation et son cursus professionnel, Paul Quilès se spécialise à l'Assemblée nationale et dans ses activités politiques dans les domaines de l'énergie et de l'aménagement urbain, puis dans ceux de la défense et des questions internationales7.

*アルベール・カミュ経歴 Albert Camus, 1913-1960
  1913年アルジェリアに生まれる。翌年、第1次世界大戦で父を失う。貧しい生活のなか奨学生としてアルジェ中高等学校入学。1930年結核になるが、一 命をとりとめアルジェ大学入学、文学や哲学を学ぶ。1934年結婚するがすぐに離婚。1938年左翼系新聞社で記者として働く。1940年失職しフランス に渡ってレジスタンスに参加、1943年地下新聞「コンバ」記者となる。サルトルと出会い大いに刺激を受ける。1941年『異邦人』を書き上げる(刊行は 1942年)。その後立て続けに作品を発表。1944~45年「コンバ」編集主幹。1951年『反抗的人間』によりサルトルと対立。1957年ノーベル文 学賞を受賞。1960年友人が運転する暴走自動車が街路樹に激突して即死。

*Albert Camus était bien seul lorsqu’il lançait, le 8 août 1945, dans un éditorial du journal Combat, son cri d’alarme :
« La civilisation mécanique vient de parvenir à son dernier degré de sauvagerie. Il va falloir choisir, dans un avenir plus ou moins proche, entre le suicide collectif ou l'utilisation intelligente des conquêtes scientifiques. En attendant, il est permis de penser qu'il y a quelque indécence à célébrer ainsi une découverte, qui se met d'abord au service de la plus formidable rage de destruction dont l'homme ait fait preuve depuis des siècles. Que dans un monde livré à tous les déchirements de la violence, incapable d'aucun contrôle, indifférent à la justice et au simple bonheur des hommes, la science se consacre au meurtre organisé, personne sans doute, à moins d'idéalisme impénitent, ne songera à s'en étonner. »

*déchéance de nationalité
Adresse à Monsieur le Président de la République
Après l'émotion suscitée par les récents attentats qui ont meurtri les Français, le gouvernement a exercé sa pleine responsabilité en cherchant à réviser notre droit pour le rendre plus efficace dans la lutte contre le terrorisme international.
Le 16 novembre dernier, vous avez annoncé devant le Parlement réuni en Congrès à Versailles votre souhait de "pouvoir déchoir de sa nationalité française un individu condamné pour une atteinte aux intérêts fondamentaux de la Nation ou un acte de terrorisme, même s'il est né Français".

*「北」朝鮮外交関係
朝鮮民主主義人民共和国の外交関係国数は161ヶ国(2011年8月現在)[1]である。大使館は兼轄公館も多く、大使級外交関係国数と実館数とは一致しない。ロシア・中国など近隣諸国以外の領事機関(総領事館など)の情報は少ない。
従来、旧東側諸国及び非同盟諸国を中心に外交関係を樹立し、旧西側諸国に在外公館は少なかったが、2000年以降英国など多くの旧西側諸国との外交関係を樹立したことで大使館の数も多くなった。
1945年に日本の支配から解放された後米国・ソ連の南北分割占領地域においてそれぞれ政府ができ(朝鮮民主主義人民共和国成立は1948年)、その後1950年に朝鮮戦争発生、そして1953年に締結された「停戦協定」(交戦はしないが戦争終結していない)継続中である未解決分断国家という特殊な事情から、東西冷戦とも絡んで朝鮮の北(朝鮮民主主義人民共和国)あるいは南(大韓民国)のどちらか一方を承認する国が普通であったためで、南北双方を承認するあるいは外交関係を持つ国は少なかった[2]。
事実上、朝鮮戦争停戦相手である米国とは外交関係がなく在外公館は設置されていないが、同国ニューヨーク州ニューヨーク市に本部がある国際連合に総代表部を置いているため事実上存在する。1973年、世界保健機関に加盟したことで、国際連合に対しても常駐オブザーバー使節団を置けるようになり、1991年の正式加盟で昇格したものである。
またフランスには1984年から総代表部を設置しているが、それ以前の1976年から同国パリにある国際連合教育科学文化機関に代表部を置いている。イタリアについては2000年に外交関係を開設したが、それ以前より同国ローマ市にある国際連合食糧農業機関に代表部を置いていたため事実上存在した。
ドイツについては、東ドイツ(ドイツ民主共和国)と1949年に外交関係を開設し相互に大使館を設置したが、東西ドイツ統一(旧西ドイツのドイツ連邦共和国が存続)に伴い双方とも利益代表部に格下げされ、2001年に大使館昇格となるが、引き続き同じ建物を使用している[3]。
先方が国家承認していないことで外交関係がない日本には在外公館は設置されていないが、朝鮮民主主義人民共和国政府決定により在日本朝鮮人総聯合会が朝鮮民主主義人民共和国の旅券[4]や一部査証[5]を発給できる機能を併せ持っており、その事務所(東京にある中央本部と日本に48ヶ所ある地方本部)は事実上領事館代わりとなっていて、所在地自治体によって領事関係に関するウィーン条約に基づく領事機関とみなされ非課税であった。ちなみに日本とは非公式な政府間交渉関係を持っていて[6]、公式な実館こそ設置しないものの双方の在中国大使館(北京)には担当官が配置され度々接触を図っており、同館は事実上兼轄代表部となっている。

                     <追記>
1. 2016年1月現在「核戦争・人類終末時計:破滅まで、あと3分」ー英国『インディペンデント』紙

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Doomsday Clock: The threat of oblivion puts humanity at 'three minutes to midnight', experts say The Bulletin of Atomic Scientists, which sets the time on the clock, acknowledged good signs in Iran and Paris – but said that they are outweighed by dangerous events in North Korea and elsewhereー<英文原文・参考資料2>

2. 1月27日付MSNニュースーAFPBB News

米ホワイトハウス前で反核テント35年、活動家が死去
AFPBB News 5 時間前
© AFPBB News 提供
米ホワイトハウス前で30年以上にわたってテントを張り、抗議活動を続けていた核軍縮活動家、コンセプシオン・ピチオットさん(2009年3月4日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News
【AFP=時事】米ホワイトハウス(White House)前で30年以上にわたってテントを張り、抗議活動を行ってきたスペイン生まれの核軍縮活動家、コンセプシオン・ピチオット(Concepcion Picciotto)さん(80)が死去した。所属していたグループ「ピース・ハウス(Peace House)」の活動家たちが26日、明らかにした。

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 小柄なピチオットさんは、1981年から米国の首都ワシントンD.C.(Washington D.C.)ペンシルベニア通り(Pennsylvania Avenue)1600番地にあるホワイトハウスの前にさまざまなプラカードを並べたテントを張り、雨の日も風の日も、夏の猛暑や冬の極寒の日も陣取ってきた。世界で最も有名な建物の一つの前に集まる観光客らは、ピチオットさんと仲間たちの姿も必ず目にした。

 26日、抗議仲間が一人たたずむテント前には「コンセプシオンさん、安らかに」とのメッセージが書かれていた。
【翻訳編集】AFPBB News

<写真> Blog de Paul Quilès, TV 5 Monde, AFP, The Guardian, Wikipedia

             <参考資料>

1. Blog de Paul Quilès
Voici soixante-dix ans, deux bombes atomiques détruisaient les villes japonaises d’Hiroshima et de Nagasaki. Près d’un demi-million de personnes vivaient dans ces villes ; il a suffi de deux engins, d’une puissance considérée aujourd’hui comme faible (15 et 21 kt), pour en tuer immédiatement 200 000. Des dizaines de milliers d’autres devaient périr au cours des années suivantes des conséquences de leurs brûlures ou sous l’effet des radiations. (visionner le film "Hiroshima, la véritable histoire")

Dans un premier temps, ces bombardements ont suscité peu d’émotion. C’était une nouvelle horreur, qui s’ajoutait aux innombrables horreurs de la Seconde Guerre mondiale. Beaucoup d’observateurs n’y ont vu qu’une « prouesse scientifique et technique ».

Alors que la communauté internationale commémore la destruction de Hiroshima et Nagasaki par des bombes atomiques, il importe de rappeler qu’à l’origine de ces armes dévastatrices figure le régime nazi, l’un des pires de l’Histoire.

Si la dissuasion nucléaire, en dépit de l’absence de preuve absolue, est créditée, au bénéfice du doute, d’avoir garanti la paix et la stabilité entre les deux superpuissances et leurs alliés au cours de la Guerre froide, la poursuite d’un tel équilibre de la terreur n’est plus acceptable aujourd’hui par la majorité de nos sociétés, parce que les risques qu’il fait courir à la planète l’emportent sur les prétendus avantages qu’il confère à la sécurité de quelques possesseurs de l’arme nucléaire.

La conscience collective associe communément la première arme nucléaire au Projet Manhattan lancé en 1941 par le président américain Franklin D. Roosevelt. Cette mobilisation sans précédent de ressources scientifiques, industrielles et militaires fut en réalité la conséquence de la mise en garde solennelle adressée à Roosevelt en août 1939 par les scientifiques juifs allemands Leo Spitz (alias Szilard) et Albert Einstein à l’égard du projet nazi de mise au point d’une arme fonctionnant grâce à l’énergie nucléaire.

Cette crainte avait été justifiée par les informations relatives aux succès des savants allemands dans la séparation de l’uranium publiées début 1939. Bien que le régime nazi n’ait jamais dédié à la recherche et au développement de l’arme nucléaire des ressources semblables à celles que les Etats-Unis lui consacreront en collaboration avec la Grande-Bretagne et le Canada, c’est bien l’Allemagne qui a réussi à produire de l’énergie nucléaire à l’automne 1944, quelque neuf mois avant les Américains.

n effet, Hitler nourrissait l’espoir de mettre la main sur l’« arme miracle » qui renverserait l’avancée alliée en territoire allemand ou permettrait de lancer une riposte qui anéantirait les villes britanniques. Il expliqua dans sa tristement célèbre directive dite de la « terre brûlée » de mars 1945 : « Il se peut que nous soyons détruits, mais si c’est le cas, nous entraînerons avec nous un monde en flammes. » L’arme convoitée était décrite comme « d’un effet si puissant que toute vie humaine serait exterminée dans un rayon de trois ou quatre kilomètres autour du point d’impact. »


2. 英国紙 'The Independent'

Doomsday Clock: The threat of oblivion puts humanity at 'three minutes to midnight', experts say
The Bulletin of Atomic Scientists, which sets the time on the clock, acknowledged good signs in Iran and Paris – but said that they are outweighed by dangerous events in North Korea and elsewhere

The Bulletin of Atomic Scientists, which sets the widely-respected "Doomsday Clock", said that it was making no change to the time of three minutes to midnight. When that time was set in a meeting last year, it became the closest to oblivion that humanity has ever been.

The group of senior scientists, formed in the wake of the Second World War and the threat of nuclear oblivion, said that nobody should take solace in the fact that humanity has moved no closer to oblivion.

"We, the members of the Science and Security Board of the Bulletin of the Atomic Scientists, want to be clear about our decision not to move the hands of the Doomsday Clock in 2016: That decision is not good news, but an expression of dismay that world leaders continue to fail to focus their efforts and the world's attention on reducing the extreme danger posed by nuclear weapons and climate change.

"When we call these dangers existential, that is exactly what we mean: They threaten the very existence of civilization and therefore should be the first order of business for leaders who care about their constituents and their countries."

Experts at The Bulletin noted the success of deals with Iran on nuclear weapons, and in Paris on climate change. But they said that continuing and new threats from countries like North Korea served as a balance to that progress.

"Even as the Iran agreement was hammered out, tensions between the United States and Russia rose to levels reminiscent of the worst periods of the Cold War," The Bulletin wrote. "Conflict in Ukraine and Syria continued, accompanied by dangerous bluster and brinkmanship, with Turkey, a NATO member, shooting down a Russian warplane involved in Syria, the director of a state-run Russian news agency making statements about turning the United States to radioactive ash, and NATO and Russia repositioning military assets and conducting significant exercises with them.

"Washington and Moscow continue to adhere to most existing nuclear arms control agreements, but the United States, Russia, and other nuclear weapons countries are engaged in programs to modernize their nuclear arsenals, suggesting that they plan to keep and maintain the readiness of their nuclear weapons for decades, at least -- despite their pledges, codified in the Nuclear Non-Proliferation Treaty, to pursue nuclear disarmament."
by shin-yamakami16 | 2016-01-12 21:38 | Comments(0)