世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

テロとの「戦争」とは?

 
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破綻した「ブッシュ・ブレア戦略」と、見えてきた新方向 

                          山上 真

 間もなくブッシュ大統領が辞任する。この15日の最後の記者会見の席で、「やり直せるなら、そうしたい」と述べたが、具体的にどの件についてなのかは、相変わらず言及しなかった。しかし、大方の見る所、同氏は、「イラク」は拙かったと思っているようだ。
 彼は、これまで、「サダムを倒したのは正しい」とする一方、「情報の不正確さ」による「イラク戦争開始」を失敗だったと述べている。他ならぬWMD(大量破壊兵器)の事である。

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  英国ブレア首相と共に、サダム・フセインのイラクが、核兵器を含む大量破壊兵器を使って、直ぐにでも他国を侵略する恐れがあるとの理由で、侵攻に踏み切ったことを述べているのである。しかし、イラク国土のどこを捜しても、WMDは見つからなかった。CIAや、英国情報部のイラク情報は、嘘っぱちだったのだ。
 
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 しかし実際には、「WMD情報の問題」は付け足しに過ぎず、特にブッシュ氏周辺は、石油資源確保の至上命題の下に、イラク侵略を実行したということは、紛れもない事実だ。現に、欧米石油資本がどっとイラク石油獲得に乗り込んでいる。
この理不尽な戦争で、これまでに、イラク人約100万人、米国など「連合軍」兵士4500人が犠牲になっている。以前のイラクには存在しなかったテロ犠牲者が跡を絶たない。米英のイラク侵略は、「アルカイダ・テロ」を引き込んでしまったのだ。
 
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             ブレア前英国首相     

 所謂、2001「9.11」航空機爆破テロ事件以降、ブッシュ・ブレア両政権による、'War on Terror'は、アフガニスタン、イラクでの戦争政策を追求したわけだが、この「テロとの戦い」という本来の目的に、どれだけ貢献したかということになると、はっきり言って、何も無い。むしろ、世界中でテロを蔓延させたというのが常識になっている。ロンドン、インドネシア、トルコ、或は,最近のインド・ムンバイでのテロ事件などを見れば、容易に分かることだ。今や,世界中の人々が身近に起こるかも知れないテロ事件に怯えて暮らしているのが実情だ。

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             ミリバンド英国外相

 こうした中、最近、二人の重要人物が、政治家としては「テロ」に関わる従来の言説とは異なる表現をしていることに,注目したい。英国外相ミリバンド氏と次期米国大統領オバマ氏である。

  1月15日、英国外相 David Miliband は、11月にインドのムンバイで起きたテロ現場のホテルで行った演説で、'War on Terror' という概念は誤解を招き、間違っているとした上で、
 「米英など西側が採った戦略は、危険と言ってよい程、非生産的で、西側に反抗する集団を、共通の主義の為に結束させるだけに役立った」
 「我々がテロ集団を一纏めにして、穏健派と過激派、善と悪のグループというような単純な二者選択式に区分けをすればする程、互いに殆ど共通性のない集団を結束させるという、敵方の手中に嵌ってしまう」
 「テロは殺人を伴う戦術であって、体系的なイデオロギーではない」
 「'War on Terror' という考え方では、テロリストに対する正しい対応は、主として軍事的なもの、即ち、追跡して追い詰め、過激派の中核的人物を殺すことを意味する」
と述べている。

 ここで、ミリバンド外相は、米国軍司令官 David Petraeus 将軍の次の言葉を引用する。
 「イラクの欧米連合軍は、結局、反政府暴動と民族・宗派間抗争の問題を克服出来なかった」
 これを受けて、外相は、
 「テロリズムに対して、民主主義側は、相手を屈従させるのでなく、法の支配の為に闘うことによって、勝利しなければならない。それが、『グアンタナモ』の確かな教訓であり、次期米大統領オバマ氏の収容所閉鎖方針を歓迎する理由だ」
と結んでいる。
 ミリバンド外相は、ブラウン首相の後継者とされる者の内,最右翼に居る人物だけに注目に価する。

 2006年以後、英国公式筋は、ブッシュ、ブレア両氏が好んで使っていた 'War
on Terror' という言葉の使用を避けてきたのであるが、英国外相が初めて、米国「反テロ戦術」についての遠慮会釈ない批判の中で、公式に放棄した形だ。


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 一方、オバマ氏は1月14日、オサマ・ビンラディンの姿が、エルサレムにあるal-Aqsa モスクと重ね合わさったヴィデオが流された後、CBSのインタヴューを受けて、
 「ビンラディンはもはや戦場から取り除くことが必須の人物ではなく、米国の安全保障の為には、アル・カイダをただ敗走させておくだけで達成される」
と述べたことが注目されている。これは明らかに、ブッシュ大統領の目指してきた「ビンラディン殺害か捕捉」方針と異なり、オバマ氏自身の従来の、
 「我々はビンラディンを殺す。アル・カイダも潰す。それが、われわれの最も優先的な国家安全保障策だ」という、大統領選挙戦最中に行った態度表明をも一変させるものだ。更に、
 「今の最優先すべきことは、新たなテロ攻撃から米国を守ることだ。ビンラディンが生きていようといまいと、テロを育む土壌を弱め、彼をどうにも動けなくしておくことが米国をテロから守る要件だ」と言う。

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 以上のように、奇しくも同時期に、英米重要人物が、「対テロ」についての、大きな変更と思われる態度表明、しかも、ほほ共通の認識を示したことは、今後の欧米側世界戦略に少なくない影響を及ぼすに違いない。テロリズムに対する「根本的治療法」は、武力で押さえ込むことでは達し得ず、世界的貧困などの根源に迫った対策を取ることだと、漸く気づき始めたことは遅きに失しているが、結構なことである。                      (2009.01.17)

 

<追記>
1. オサマ・ビンラディンの新たなヴィデオは、オバマ次期米大統領に「軍事的敗北か、経済危機の中の溺死か」を無理矢理選ばせるような「重い遺産」を残したブッシュ氏を、嘲笑するものであった。

2. 1月12日付の英国『ガーディアン』紙は、イスラエルのガザ侵攻を支持した米国と、事実上、無為に終始した英国など西側諸国に対する「激しい憤りと怨念」が、英国在住の、特にイスラム民衆の間に鬱積して、危険な雰囲気を醸し出していることを伝えている。新たなテロの火種にならないように祈るばかりだ。



<写真> The Times, The Guardian, Libération, Daily Telegraph,
The Washington Post

 
by shin-yamakami16 | 2009-01-17 16:27