「アフガン・米兵力増強」の錯誤
2009年 02月 21日

ブッシュに倣うオバマ氏の「未熟さ」
山上 真
就任から一ヵ月目の米国大統領オバマ氏は、17,000人の兵力を新たにアフガニスタンに投入する命令を出した。既に駐留する兵力と合わせて、4万人余りとなる。
今度の米国政府の方針は、武装抵抗勢力タリバンがアフガン全域で攻勢に出ており、首都カブールの中央政府支配を直接的に脅かすような事態が生じている為に出されたものである。
不安定性を増大させているアフガン政権に対する直接攻撃は去年倍増し、政府関係者の誘拐・暗殺は50%の増加である。
NATO軍の死者数は35%、民間人のそれは46%、それぞれ増えている。
特に注目されるのは、地上の航空機に対する攻撃が、67%増大しており、タリバン制圧を空軍力に頼っているNATO軍にとっての大きな痛手とされる。

2008年8月の米軍誤爆で亡くなった家族の墓に集う人々(Azizabad)
カブールでは、イラク・バグダッドで見られたような爆弾テロ事件が頻繁に起こり、警察・軍スタッフばかりでなく、一般民間人の被害が急激に増えている。国連報告に依ると、去年一年間で、NATO軍の誤爆による被害を含む民間人の死者は40%増加し、2118人に上る。
今年2月11日には、中央政府司法省など3カ所の政府機関がほぼ同時に、自爆テロ、銃による攻撃を受け、19人が死亡、54人が負傷し、カブール市内は大混乱に陥った。

戦死したキングズコット兵長 (22)
一方、 2月18日の英国各メディアは、アフガン南部Lashkar Gah 近郊での、一人の英国兵の死を伝えていた。タリバン軍の待ち伏せ銃撃を受けて、負傷した後、間もなく死んだ兵長Stephen Kingscottは、今年に入って8人目の、英国兵の戦死者となった。2001年以来、145人の英国兵がアフガニスタンの戦線で亡くなっている。
因に、アフガンでの米軍人死者数は、これまでに651人、他のNATO軍死者は426人に上っている。
アフガン・カルザイ政権は、その政治的無能と官僚の腐敗で、民心を失ってから久しい。各地割拠の部族長が中央の方針をものともせず、独自の地方権力を誇っているのは、過去の歴史と変わらない。中には、戦闘力を回復して来たタリバンとの協働を始めた部族長も少なからずいるようだ。代替の生活基盤の整備が計られないまま、アヘン原料のポピー栽培畑を焼却・壊滅させるNATO軍の「強硬策」が現地民の憤激を買っており、タリバン側に追いやる原因にもなっている。現地住民の間では、厳しく禁止されたポピー栽培に替わって、cannabis(大麻)栽培に転じる動きも出ている。
NATO(北大西洋条約機構)本部は、イラン政権が、アフガンからの麻薬を買い取り、代わりに武器援助をしているルートに手を貸しているのではないかと、非難している。
西側の150億ドルに及ぶ膨大な援助資金も、賄賂を求める現地官僚の腐敗・非能率、そして、欧米「アフガン再建請負」企業の「金儲け主義」よって、既にその資金の三分の一は浪費され、殆ど実効を擧げていない。
米国人が、オバマ大統領のアフガン兵力増派についてどう考えているかについては、’Washington Post・ABC News’ に依る最新の世論調査では、支持する国民は34%に止まっている。兵力を減らすべきという意見は29%で、「現状維持」は32%である。
アフガン現地では、米軍・NATO軍の兵力増強を支持する国民は18%に過ぎず、44% は兵力削減を求めているという結果だ。(ABC・BBC・ARD調査)
米国での「9.11」同時多発航空機爆破テロ事件の元凶をアフガン「アルカイダ・タリバン枢軸」に求めて、ブッシュが始めた戦争の、「是非論争」は未だ結着せず、英国では、「タリバンとの和平」を図るようにとの提案も出始めている。
「IRAでさえ和平が可能だったのに、何故タリバンとは出来ないのだ」という訳である。(BBC Radio 5 など)
つい最近、カルザイ・アフガン大統領がパキスタン・ザルダリ大統領と会談し、タリバンなどとの「和平」について話し合っていると云う。
NATO国防相会議では、米国の軍増派要請に対して、イタリア以外の諸国は皆、それぞれの国内の「反戦論」の根強さを考慮して、消極的だったようだ。オランダは、今春の、アフガンからの撤退を決めている。米国の「アフガン・パキスタン問題」特使ホルブルック氏さえも、「アフガンはイラクより遥かに困難な状況だ」と嘆いている始末だ。

ホルブルック特使
米国は、「アフガン・ソ連支配」時代 (1979 ー1989) には、旧ソ連軍と闘うタリバンを支持・育成していた弱みを持っている。
2月5日、キルギスタン政府がロシアとの協議の末、同国の米空軍基地閉鎖を決めた事も、米国アフガン作戦にとって大きな打撃になる。同基地からアフガニスタンへの物資供給がいずれ不可能になる恐れがあるからだ。

オバマ氏の政策は、これまでは各方面で、圧倒的に支持されてきたが、ことアフガン問題に限っては、世界的にも、米国内でも、深刻な分裂を呼び覚ます要因になることは避けられないであろう。
「アフガン戦争続行」は、大統領選挙前からのオバマ氏の持論だったとは言え、そして又、民主党大半の人々が支持していることであるにしても、事態を正確に捉え、政策変更に至って欲しかった。
アフガンの荒野に、アフガン人、NATO軍人、そして民間支援団体の人々の「死体の山」を築くことのないように、今後のオバマ氏の、賢明な「見通しと判断」を厳しく求めたい。
(2009.02.21)
<追記 1> 2月21日正午のNHK衛星ニュースに依れば、記者のインタヴューに応じたタリバン・ムジャヒド報道官は、「米軍の増派に対しては、軍事基地攻撃を強めて、徹底的に抗戦する」と表明し、オバマ政権への対決姿勢を明らかにした。
<追記 2> 2月22日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に依ると、オバマ政権は、前ブッシュ政権の、「裁判無しの無期限勾留」政策を、アフガン捕虜に対しては踏襲することを明確にした。このことは、2月08日付本グログ「オバマ『新政策』をどう評価するか?」での、英国人評論家ジョン・ピルジャー氏の「オバマ人権擁護政策はまやかし」という指摘を、裏付けるものである。
<追記 3> 同日紙に依ると、先週17日に、ヘラト州Gozaraで発生した米軍機の誤爆によって、子供3人、女性6人、男性4人が死亡したことが確認された。タリバン容疑者死亡は、3人とされる。
当初、米軍当局は、「15人のタリバンを殺した」と発表していた。
<追記 4> 2月25日一日だけで4人の英国兵がアフガン戦線で死亡した。内3人は、南部ヘルマンド州Gereshk地方で、路傍敷設爆弾で即死、四人目の海兵隊員は、Sangin近郊で、射撃を受けて負傷後、病院で死亡した。これで、2001年10月以来のアフガン英国兵総死者数は、149になった。
<写真> The Independent, The Guardian, The Daily Telegraph, The Washington Post