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by shin-yamakami16

フランスのNATO「完全復帰」?

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論議を呼ぶサルコジ「改革」の対米「依存症」
                          山上 真

 去る3月11日、仏大統領サルコジ氏は、陸軍士官学校での演説で、NATO (北大西洋条約機構)の統合司令部への復帰を宣言した。
「フランスが国際舞台で、より強い影響力を行使する為だ」と説明した。

第二次世界大戦後の西欧の安全保障の仕組みとして設けられたNATOは当初、政治的協調の役割が主なものであったが、朝鮮戦争勃発、及びソ連との対立過程で、米国軍部の主導の下に、「反共産主義」の為の軍事機構の色彩を強めてきた。そこで、西欧諸国側と米国側の微妙な緊張関係が始まった。
 
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 1966年、フランス大統領シャルル・ド・ゴールは、米国とソ連・キューバとの厳しい対立関係、ヴェトナム戦争を巡っての米仏間の意見の相違、「中東危機」を契機とする米英との対立表面化によって、NATOの軍事機構からの離脱を宣言した。それは、ド・ゴール大統領の、当時の米大統領リンドン・ジョンソンへの、たった一通の短い手紙によって為されたのであった。

 《 La France se propose de recouvrer sur son territoire l’entier exercice
de sa souveraineté, actuellement entravée par la présence permanente d’éléments militaries alliés ou par l’utilisation qui est faite de son ciel, de cesser sa participation aux commandements intégrés et de ne plus mettre de forces à la disposition de l’OTAN.》
7 mars 1966

 『フランスは、同盟軍(NATO)の自国内での永久的存在によって、また領空の使用によって、事実上妨げられた主権行使の回復と、統合軍司令部への参加の中止、及び、今後NATO指揮下の兵力提供を行わないことを宣言します』 
 1966年3月7日

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 フランスは、ナチス・ドイツからの解放を、米英両国の全面的支援によって実現したという経緯を持つが、戦後欧州の主導権を両国に握られ、外交的にも不満が鬱積していた。
 ド・ゴール大統領は、米国の「核の傘」に入る事の危険性と不自由さを嫌い、独自の核戦力を具備することで、米国、ソ連に対抗する「第三勢力」としての欧州を構築しようとした。外交関係でも独自性を発揮して、欧米諸国で真っ先に中華人民共和国を承認した。

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         橙色がATO参加予定国、黄色が候補国

 サルコジ氏の親米路線は、ブッシュ政権当時から際立っていたが、経済的には米国型「市場原理主義」を模倣することによって、フランスの伝統的な、「社会主義的」労働習慣からの脱却を狙った。「よく働いて儲けよう」が口癖である。
しかし今、世界的不況と国内ゼネストなどに直面して、困難を極めている。
 
 軍事的には、前シラク大統領の「イラク戦争批判」姿勢から転換し、頻りにサルコジ自身や、クシュネル外相がバグダッドを訪れて、戦後復興への協力を申し出ている。これには、「バスに乗り遅れまい」とする実利的計算が働いているようだ。フランス国内産業のイラク進出、米英に次いで、遅まきながら石油利権の獲得競争に加わろうとする魂胆が垣間見える。
 以前には数百人規模の兵員派遣に留まっていたアフガニスタン戦線にも、大部隊を派遣して対米協調をアピールしている。しかし、「サルコジ以後」、既に10人以上の仏兵士が戦死した。

 サルコジ氏のNATO復帰路線の後ろには、東欧諸国が加わって拡大したNATOの、欧州大陸での主導権を握る事によって、「軍事需要」をフランス産業が引き受けるという意図がありそうだ。併せて、独自軍事力にお金をかけるよりも、NATO核戦力に頼った方が安上がりで済む、という打算がある。
 勿論、フランスの誇るミラージュ2000戦闘爆撃機など「ハイテク兵器」の売り込みで、一儲けしようという輸出戦略も働いている。フランスは、世界で第4位の武器輸出国なのだ。
 今度の「NATO復帰」を、フランス産業界が擧げて応援している証拠は、例えば、保守系週刊誌 ‘Paris Match’が「サルコジ発表」の翌日、59%の国民が支持しているという世論調査結果を流すなどの様子に見られる。どうも、「世論誘導」をしている風に見えてしまう。もし先程の数字が真実だとすれば、米国に、フランスで極めて人気の高い「オバマ大統領」が誕生した事が助けていると見ていいだろう。
 フランス政界では、野党左派は固より、中道派、そして与党UMP内でも、サルコジNATO復帰路線に大きな反対論が巻き起こっている。

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                  ヴィルパン前外相

 サルコジ批判派の急先鋒である前外相ドミニク・ド・ヴィルパン氏は、
‘Le positionnnement indépendant de la France est essentiel à l’équilibre
mondial. Est-ce que demain, intégrés dans l’Otan, nous aurions pu, nous
pourrions, maintenir la même position que celle que nous avons eue sur l’Irak? Ma conviction, c’est que non.’
「フランスの独立した地位は、世界的平衡を保つのに不可欠なものだ。NATOに統合された明日、我々が『イラク』で維持したのと同じ立場を採ることができるだろうか?私の確信では、ノーだ」と強い調子で語っている。

与党内では、元首相アラン・ジュペ氏など約40名の議員がNATO「完全復帰」に反対しており、3月17日の国民議会での採決に際して、棄権に回る者も少なからず出て来そうだ。

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             社会党・前首相ジョスパン氏

 社会党の元首相ジョスパン氏は、NATOへの「完全復帰」は、英国と同じ
‘ la fille aînée docile des Etats-Unis ‘「米国の従順な長女」
であることを避けるという左右両派の合意を壊すものだと批難している。

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              民主連合・ベイルー氏


 中道・民主連合のフランソワ.ベイルー氏は、
「このNATO『全面回帰』は、フランスの唯一性と独立性を損なうもので、取り返しのつかない誤りだ。サルコジは、大統領選挙中に一度も口にしたことの無い事をやろうとしている」と非難した。

 これに対して、国防相ヘルヴェ・モラン氏や、ソルボンヌ・歴史学教授フレデリック・ボゾ氏などが、NATO「再統合」がアメリカに追随するものでもなく、フランスの独立を危うくするものでもないと、反論している。

 一方、海の向うの米国・ペンタゴン(国防省)は3月12日、
「我々は、フランスが43年間の不在の後に、創設に貢献した同盟司令部に新たな地位を見出すことに歓喜している。フランス軍は、既にアフガニスタンで我々と共に勇敢に戦っているが、NATOの軍事部門への彼らの完全復帰は、改めて歓迎するべきことだ」という声明を出した。

 「世界恐慌」の様相を呈している今日、フランスでもあらゆる指標が経済危機を物語っている。今月19日には、労働者、学生を主体とした2度目のゼネストが計画されている。こうした中で、サルコジ政権が、経済復興政策、 NATO回帰政策などに対する国民の反応をどのように受け止めるのか、また、それらが成功するのか、その帰趨が注目される。     (2009.03.14)


<追記1> NATOは、1949年発足当時、本部がパリに在り、フランス全土に数多くの米軍基地が存在し、約5万人の米軍人が駐留していた。フランス離脱後、NATO本部はベルギー・ブラッセルに移った。

<追記2> 3月14日、アフガニスタンのカブール北東・Alasay渓谷でアフガン国軍及び400人の仏軍部隊と共に作戦中、フランス軍兵士1人が、ロケット砲撃を受けて死亡した。2002年以来の仏・アフガン作戦で26人目の戦死者となった。

<追記3> 3月17日の仏国民議会で、「NATO完全復帰」を承認する議案が、329対228で可決された。10人の与党議員が反対に回った。前回の総選挙で安定多数を握っているサルコジ政権は、現在「何でも出来る」状態だ。

<追記4> 一方、3月19日に予定されている、サルコジ政権の経済・教育・社会政策に反対する「ゼネスト」は、France 2 など幾つかのメディアに依ると、国民の約7割の支持を受けているということだ。



<写真> Libération, Le Monde, Le Figaro, L’Humanité, Wikipedia
 
 
 

 
 
by shin-yamakami16 | 2009-03-14 21:35