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by shin-yamakami16

ド・ヴィルパン氏:次期仏大統領の可能性は?


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     「無罪判決」後に記者会見するド・ヴィルパン前首相 (2010.01.28)



サルコジ氏の「悪あがき」を超えて
                           山上 真

 去る1月28日、パリの裁判所は、「サルコジ大統領を追い落とす為に」虚偽告発をしたとして、罪に問われていた前仏首相ドミニク・ド・ヴィルパン氏(Dominique-Marie-François-René-Galouzeau de Villepin 1953年-) に、無罪判決を言い渡した。
  ド・ヴィルパン氏は、5年間に渉る法廷闘争の果てに、漸く「晴れの身」となったのである。その間、同氏の政治活動の自由は事実上奪われていた。

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 ド・ヴィルパン氏と言えば、思い出されるのは、2003年のイラク戦争直前2月14日に、国連安保理で、「開戦派」米英両国代表を前にして、仏外相として、具体的根拠に基づいた、厳しい「イラク侵攻反対論」を展開したことで有名である。その背景には、彼がモロッコの首都ラバトで生まれ、外交官としての人生の多くを、フランス国外で過ごし、豊かな世界観や文明観を育んできたことがあると思われる。彼は作家・詩人としても知られている。

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 「国連安保理」でイラク「侵攻反対」の熱弁を奮うド・ヴィルパン外相(2003.02.14)


 判決後、仏社会の批判の的となったのは、この裁判について、「判決前」に、ド・ヴィルパン氏の「有罪」を口にしたサルコジ大統領である。嘗て同じ内閣に居た同僚を告発し、更には、「大統領」という立場を弁えない言動をしたことは大きな反発を呼び起こした。
 
 サルコジ氏が大統領当選直後に、当時の米大統領ブッシュ氏のイラク戦争政策支持を表明して、伝統的フランス外交の「非米・独立路線」を親米・NATO支持の方向へと、大転換を図ったことは鮮明な事実であるが、ここにも、ド・ヴィルパン氏が熱烈に擁護した「人道主義外交」への離反が顕著に現われている。例えば、アフガン「平和解決」を模索するシラク(大統領)・ドヴィルパン(首相)時代には、220人程の外人部隊しか派遣していなかったが、サルコジ政権下では、約3500人の兵士をアフガン前線に送り出し、少なくとも40人の戦死者を出すに至っている。

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           「窮地に追い込まれた」サルコジ大統領


 この裁判に至る「クリアストリーム事件」とは、2004年にルクセンブルグの銀行 'Clearstream’ を舞台にした「台湾への仏フリゲート艦売却に絡む収賄事件」が摘発され、その関係者リストに、当時の内相サルコジ氏と見られる名前があって、実は後に偽物だと判明したが、当時の首相ド・ヴィルパン氏は、そのリストをフランス司法当局に知人を通して送付させ、「サルコジ氏が事件に無関係なのを知りながら」陥れようとした、というのである。

 ド・ヴィルパン氏は終始、事件関与を否定したが、検察側は、「積極的に謀略を阻止しようとしなかったことも罪を構成する」として、執行猶予付き禁固18か月、罰金4万5千ユーロ を求刑した。

 結局、パリの軽罪裁判所 (Palais de Justice) は、「前首相が偽造文書の存在を知っていた証拠はない」として、ド・ヴィルパン氏に無罪判決を言い渡した。この裁判は、フランス保守勢力の有力政治家二人の「烈しい対立」を象徴していただけに、法廷を出て来たド・ヴィルパン氏の自信に満ちた喜びの表情とコメントを、仏メディアは一斉に大きく伝えた。
 
 ド・ヴィルパン氏は、政治に対する「正義と権利」を勝利させた裁判所の「勇気」を讃えた後、次のように述べた。

Je suis fier d'étre le citoyen d'un pays, la France, ou l'esprit d'indépendence reste vivant. Je n'ai aucune rancoer, aucune rancune.

「私は独立精神が息づいているフランスという国の国民であることを誇らしく思う。私はいかなる怨恨も、遺恨も抱いていない」

 そして「私は、フランスの国民と祖国に仕える為に未来へと向かいたいと願っている」として、早くも、2012年の大統領選挙に出馬する意向を示唆している。
 元々国会に議席を持たない、外交官出身のド・ヴィルパン氏は、与党UMP の中で、現時点では支持者が少ないが、新たに友人などが ‘CLUB VILLEPIN’ を立ち上げて、同氏の大統領選出馬を応援しようとしている。彼自身も既に、パリ周辺の貧しい地域を中心に、相談活動などを始めている模様だ。
 「アフガン戦争」についても、ごく最近、「アフガン問題は戦争によっては解決しないので、2011年度にNATO軍が撤退する為の具体的道筋を立てるべきだ」と述べている。

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 最近の世論調査 (BVA) で、次期大統領候補者として、有権者の二人に一人がド・ヴィルパン氏を支持していることが明らかになっており、もし「左翼連合」が強力な候補を出すことに成功しなければ、「ド・ヴィルパン大統領」の誕生も、あながち夢物語ではなくなりそうな気配である。              

                            (2010.02.15)


<追記 1> ド・ヴィルパン氏は、2月15日、無罪判決後初めての「地方遊説」に出かけ、仏・西北端のFinisètre地方を回った。カフェでワインを店の常連たちと飲み交わしたり、農民や町の人々と交歓したものの、演説などは一切しなかった。地元の人々に温かく受け入れられ、実に楽しい時間を過ごしたようだ。

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<追記 2> 2月16日付の『ル・モンド』紙が掲載している、ごく最近の世論調査 (IFOP)によると、通称 DSK ことドミニク・ストロス・カーン氏(現IMF総裁・社会党)が、政治家の好感度で最高点(76%) を獲得している、ということだ。「反サルコジ」感情は以前より高まっており、否定的評価が62%に上っている。サルコジ氏とド・ヴィルパン氏との「好感度」比較では、38%対57%で、後者が圧倒している。このような結果を見るかぎり、「左翼統一候補」・カーン氏と、「保守統一候補」・ド・ヴィルパン氏の一騎打ちが「自然」ということになるのだが。(2010.02.17)



<写真> Le Monde, Le Figaro, Libération, AFP
 
by shin-yamakami16 | 2010-02-15 11:50 | Comments(0)