世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

「反戦・反核・平和」の声を一層高めよう!

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保守反動派の「戦跡」抹消の動きを許すな

                                   山上 真

 今年の「原爆記念日」は、安倍政権の「集団的自衛権・閣議決定」という、日本の戦争行為「実行」を合法化した暴挙の直後のことだけに、関係者の式典挨拶の内容が注目されたのは当然だ。

 「日本帝国」に依る太平洋戦争開始というという国家的企てがあったからこそ、最終的帰結としての米国に依る「原爆投下」という世界史上未曾有の悲劇が齎された事実を顧みる時、今日の政治が愚かにも国家を再び「戦争」に近づけようとしているかどうかということは、国民にとって極めて重大な関心事である。

 長崎市長田上氏が「集団的自衛権」問題に触れて、「『戦争をしない』という誓い、平和の原点が揺らぐことに対する不安と懸念の声に真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求める」と政府に呼び掛けたのは全く当然だ。


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 更に今年の「長崎原爆式典」で注目されたのは、被爆者代表城臺美彌子さんの、「集団的自衛権・憲法蹂躙」ばかりでなく、「原発再稼働」・「原発・武器輸出」を厳しく糾弾した*熱烈挨拶であった。

 対する安倍首相の挨拶は、広島式典での「昨年挨拶」そっくりの「コピペ」演説でも明らかな如く、当事者責任への認識を欠いた、誠におざなりなものであった。

 今日では、教育の「国家主義吹き込み」や、マス・メディアの「現体制擁護」・「平和憲法・放棄」姿勢に根ざした、真実を伝えない「怠慢報道」によって、特に若年層の保守化・好戦的態度が目立っている。その様な背景で、「尖閣」を意識した自衛隊・島嶼配備や、「武器輸出」などという、凡そ過去に考えられなかった事態が、平然と罷り通っているのだ。しかもその後景に居て、「満足気」に応援しているのが、日本「財界」だ。

 NHK の「旧満州邦人・受難」の番組などでは、日本人がいかに悲劇的運命を辿ったかに焦点を当てるばかりで、「旧日本帝国」が中国・東南アジアで蹂躙した諸国民の運命についての言及が酷く乏しいのは何故だろうか。
 現政権の、例えば度重なる「靖国参拝」に見られる様な、「戦争責任」問題に対する「サボタージュ」姿勢が、そこに反映されていると見るのは全く自然だ。

 最近特に「危険な傾向」と感じられるのは、海外での日本「従軍慰安婦」問題のクローズ・アップ化に対する日本国内でのヒステリックな反応ばかりでなく、一般に受け入れられている*「戦跡」を大した理由もなく廃止したり、*「説明」を変更したりする「公的」事象である。そうした動きが、特に朝鮮半島や中国との関わりで起こっていることに、異常さが感じられるのだ。これも、安倍政権の「国家主義」的傾向と結びつけるのは無理と言えるだろうか。

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 「ファッシズム」を頂点とする偏狭なナショナリズムは、必ずや国家的破滅に繋がることを世界史が教えているのを顧みる時、我々は不断に、日常的に育まれている「ファッシズムの芽」を摘み取って行く必要に迫られている。   (2014.08.14)

<写真> 東京新聞・毎日新聞


                   <追記>
1. 昨日8月14日付『時事通信』世論調査で、「安倍政権」支持率が7月の「急落」に引き続いて、更に下落傾向にあることが発表されている。先のNHK世論調査では、「7月時より支持率4ポイント上昇」としており、奇異の念を否めなかったが、今度の調査結果は全く納得されるものだ。

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             NHK 2014年8月世論調査:「内閣支持率」

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           『時事通信』2014年8月世論調査:「内閣支持率」

 時事通信の8月の世論調査で、安倍内閣の支持率が続落した。集団的自衛権の行使容認を決めた7月に大きく落ち込み、8月もわずかながら下がった。安倍晋三首相は、景気回復を地方にも浸透させることで支持率回復を図る考えだが、下落傾向が続けば、当面する重要な政策課題である消費税率再引き上げの首相判断にも影響しそうだ。
 支持率は7月が前月比6.4ポイント減、8月は同1.1ポイント減で、下落幅は縮小した。政権幹部は集団的自衛権をめぐり、世論の半数を超える反対を押し切る形で行使容認を閣議決定したことが批判を招いたとみて「説明を尽くす」としていたが、理解は広がっていないようだ。
 今回の調査では、町村部の支持率が政令市と比べて7ポイント低かった。首相がアベノミクスの成果と捉える景気回復の実感が地方では乏しいことが背景にあるとみられる。暮らし向きに関して33.4%が「苦しくなった」、今後の生活見通しも36.0%が「悪くなっていく」と答えており、景気回復の勢いは、支持率を反転させるには力不足と言える。
 4〜6月期の国内総生産(GDP)速報値は年率換算6.8%減と大幅下落した。政府は「織り込み済み」と強気だが、4月の消費税増税が原因とされるだけに、首相は年末を想定する再増税の判断に一段と慎重にならざるを得ない。かといって増税見送りとなれば、金融市場で財政再建への姿勢が疑われるのは必至で、首相は苦しい判断を迫られる。(2014/08/14-17:21)

  
                  <参考資料>

1. 「平和への誓い」—平成26年8月9日 被爆者代表 城臺美彌子

1945年6月半ばになると、1日に何度も警戒警報や、空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時6歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

8月9日の朝、ようやく目が覚めた頃、あのサイレンが鳴りました。「空襲警報よ、はよ山まで行かんば」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕へ登りました。

爆心地から2.4キロの地点、金比羅山中腹にある、現在の長崎中学校校舎の真裏でした。

しかし、敵機は来ず「空襲警報解除」の声で多くの市民や子どもたちは、「今のうち」と防空壕を飛び出しました。その頃、原爆搭載機B29が長崎上空へ深く侵入していたのです。

私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。おとなりの同級生、トミちゃんが、「みやちゃーん、遊ぼう」と外から呼びました。

その瞬間、キラッ!と光りました。

その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えておりません。暫く経って、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんは、その時何の怪我もしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなる。たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で、多くの被爆者が命を落としていきました。

私自身には何もなかったのですが、被曝三世である幼い孫娘を亡くしました。私が被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。

原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは、人間の力ではどうすることもできません。

今強く思うことは、この恐ろしい、非人道的な核兵器を、世界から一刻も早く、なくすことです。

そのためには核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。

しかし、現在の日本政府はその役割を果たしているのでしょうか。今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。

日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。一旦戦争が始まると、戦争が戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか。

日本の未来を担う若者や、子どもたちを脅かさないで下さい。平和の保障をしてください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないで下さい。

福島には、原発事故の放射能汚染で、未だ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々が大勢おられます。小児甲状腺がんの宣告を受けて、怯え苦しんでいる親子もいます。

このような状況の中で、原発再稼働、原発輸出、行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未解決です。早急に廃炉を検討して下さい。

被爆者は、サバイバーとして残された時間を命がけで語り継ごうとしています。小学1年生も、保育園生さえも、私たちの言葉をじっと聞いてくれます。

このこと、子どもたちを、戦場へ送ったり、戦火に巻き込ませてはならないという思い、いっぱいで語っています。

長崎市民の皆さん、いいえ、世界中のみなさん。再び、愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被曝の実相を語り継いで下さい。

日本の真の平和を求めて、共に歩きましょう。私も被爆者の一人として、力の続く限り、被爆体験を伝え残していく決意を、皆様にお伝えして、私の平和への誓と致します。

—原ブログ『にんじ報告』より


2. 『東京新聞』

消される戦争の跡 「説明板、突然の撤去」体験者ら危機感
2014年8月13日 07時10分

 戦後六十九年を迎え、太平洋戦争体験者は日本の全人口の約二割にまで減った。戦争の加害や悲惨さなどを記した碑や説明板の撤去の動きが最近、相次ぐ。戦時中の施設など「戦争遺跡」の保存の動きも鈍い。「無言の証言者」が消えゆくことに、体験者は危機感を募らせる。(菊谷隆文、土門哲雄)
 「地元で積み上げてきた調査に基づく説明板を、天理市は何の連絡もなく突然撤去した」。奈良市の藤原好雄さん(82)は話す。
 太平洋戦争末期、奈良県天理市に造成された「大和海軍航空隊大和基地(通称・柳本飛行場)」。同市は跡地に一九九五年に設置した説明板を今年四月、撤去した。朝鮮人労働者や慰安所の女性が強制連行されたという記述に「根拠がない」などとして市に抗議の声が寄せられていた。並河健市長は「国全体で議論されている中、市の公式見解と受け止められるのは適当でない」と文書で見解を出した。
 藤原さんは四三年か四四年ごろ、国民学校から飛行場の草刈りに駆り出された。湯を沸かすドラム缶のそばで、草色の服を着た朝鮮の青年が腕立て伏せをさせられ、顔から血を流しているのを見た。「背中には木の棒が五、六本。体が傾いて落とすと、海軍予科練習生がその木でたたいていた」。戦後、朝鮮人労働者の問題に取り組むきっかけとなった。
 文献がない中、地元の市民団体「奈良・発掘する会」は九一年から五回にわたり訪韓。元労働者から「寝ているときに急に人が入ってきて連れていかれた」などの証言を集めた。飛行場を建設した日本の元建設事務所関係者などから朝鮮人労働者の数は二千~三千人との話も聞いた。ただ強制的に連れて来られた人がどのぐらいに上るのかなどは不明で、市民団体の調査には限界があった。
 説明板の撤去を藤原さんらが知ったのは、撤去を求めた団体の街頭演説だった。「市は撤去して終わりでなく、ちゃんと調査してほしい。歴史を伝えなければ死んでも死にきれない」
 ◇ 
 四四年十一月二十四日昼、米軍による東京初の本格的な空襲で標的となった武蔵野市の中島飛行機武蔵製作所。跡地に唯一残る旧変電室は、都が今年三月、公園整備のため撤去を決めた。
 当時、早稲田実業の学生で学徒動員されていた重原正三(しょうぞう)さん(87)=相模原市緑区=は、夜勤で被害を逃れた。「出勤したら、むき出しになった天井の鉄筋に、上の階の機械が引っ掛かってぶら下がっていた」
 零式艦上戦闘機(ゼロ戦)などのエンジンを組み立てていた製作所は、九回の空襲に遭い、学生十七人を含む二百人以上が犠牲になった。
 二十四時間三交代制の過酷な勤務。動員された学徒は約五千人といわれる。重原さんはひもじさと睡眠不足の中で働いた。三年前から変電室の保存運動に関わる。「子どもが戦争のために働くなんて二度とあってはならない。経験者が死んで学徒動員が忘れられることが一番嫌なんだ」

3. 『毎日新聞』松代大本営 説明書き消去

松代大本営:隠した「強制的」の説明 長野市が見直しへ
毎日新聞 2014年08月12日 19時44分(最終更新 08月13日 06時23分)

朝鮮人労働者について「強制的に」と書かれた部分に白いテープが貼られた松代大本営地下壕の看板=長野市松代町で8月8日
 長野市の地下壕(ごう)「松代大本営」の建設に朝鮮人が従事した経緯を記した看板の文言「強制的に」を、市がテープを貼って隠した問題で、市は12日までに、説明文を見直すための新組織を設置する方針を示した。市は市民参加も含め、新組織のあり方を検討する。
 市民団体「松代大本営追悼碑を守る会」が11日、市に抗議し復元を要請。樋口博副市長は「配慮を欠いていた」と陳謝し、新組織に言及した。樋口副市長は「市誌には『強制労働』との記述がある」とする一方、「すべての朝鮮人が強制動員されたのではないと聞いており、正確な文章に改めたい」と述べた。当面、テープはそのままにし「説明文は検討中」と書き添えるという。
 市は壕を公開した1990年ごろから「強制的に動員された」と看板に記していたが、「強制的ではないのでは」との外部からの指摘を受けて昨年8月、テープで覆った。【稲垣衆史】

4. 『毎日新聞』
群馬・朝鮮人犠牲者追悼碑:排外団体と職員もめ事
毎日新聞 2014年07月29日 07時10分
 群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」にある韓国・朝鮮人の強制連行犠牲者追悼碑の継続設置を県が不許可とした問題で、排外的な主張を繰り広げるグループが2012年、碑の前で公園管理職員の胸を小突くなど小競り合いを起こしていたことが分かった。
 ◇県、設置不許可の理由に
 県幹部は取材に対し「こうしたことが今後も起きる恐れがある」と述べ同グループとのトラブルが不許可の理由につながったことを認めた。碑を管理する市民団体「追悼碑を守る会」は28日、不許可処分の取り消しを求めて10月にも前橋地裁に提訴する方針を決めた。
 県によると、12年5月、碑前で守る会が開いた集会の様子がネット上で紹介された直後から、「碑文が反日的だ」と撤去を求めるクレームが県に寄せられ始めた。
 さらに同年11月、排外的な主張を繰り広げる団体が撤去を主張する街宣活動後、公園内にプラカードなどを持ち込んだため、公園管理職員が伏せるよう指示。だが、団体側は碑前で横断幕を広げて写真撮影しようとし、制止する職員と小競り合いになり、県警高崎署員が駆け付けた。
 県の古橋勉・県土整備部長は取材に対し、「撤去を求める団体が来て騒いだ事実があり、今後も起きる恐れがある。論争の場になることは都市公園としてまずい。不許可は公園管理者としての責務だ」と話した。
 守る会は28日、「撤去を求める団体はヘイトスピーチを繰り返し、県に大量メールやファクスを送りつけて撤去を求めてきた。不許可決定は彼らに対する屈服、同調であり、断じて認められない」とする声明を出した。
 県議会は先月、2団体と個人から提出された撤去を求める請願を自民党などの賛成多数で採択。県は今月、碑前での過去の追悼集会で参加者が「政治的発言」をしたと指摘し、「政治的行事を行わないこと」との設置許可条件に抵触したとして不許可とした。【塩田彩、角田直哉】
 ◇朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑の設置不許可◇
 市民団体「追悼碑を守る会」の前身団体が2004年4月、群馬県の設置許可を得て県立公園「群馬の森」(高崎市)に建立。県が合意し「かつてわが国が朝鮮人に対し、多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実を深く記憶にとどめ、心から反省し、二度と過ちを繰り返さない決意を表明する」と刻まれている。今年1月に許可期限を迎え、県は7月、不許可とした。
by shin-yamakami16 | 2014-08-14 22:13 | Comments(0)