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by shin-yamakami16

ネパール王制廃止の示唆するもの     

                                 山上 真
 長期に渉る内戦と、その後の政治的混乱を経て、ネパールは漸く「王制廃止」という結論に到達した. この国を「独立した民主共和国」と位置づけた宣言は、議会で560
対4という大差で承認された。
 このことを、英国BBCは早速、「240年間の王制を終わらせ、世界で最も新しい共和国になった」と報じた。英国が他国と較べてネパール情勢にひと際強い関心を寄せていたのは、同じ王制を戴く国であることのほか、1814年に起こった「グルカ戦争」で、英国がネパールを保護国とした経緯がある。現在もイラクや、アフガニスタンで戦っている英国軍のグルカ兵は、この時の約束で、兵力提供が義務づけられてきたのである。
 今度の政変の原動力となったのは、1996年頃から「王制打倒」のスローガンを掲げて「人民戦争」を組織してきたネパール共産党マオイスト(毛沢東派)である。彼らは、中国革命の方式に倣って、農村に依拠して「解放区」を拡げ、支持基盤を強化してきた。しかし、国王派の軍隊と衝突し、夥しい犠牲者を出した。
 2006年、国王ギャネンドラが絶対的権力を国民に移譲し、コイララ政権が発足するに及んで、マオイストは武装闘争放棄を決断し、王制廃止、複数政党制、民族主義の原則を掲げて、政府との間に「包括和平協定」を調印するに至った。王制廃止論については、与党ネパール会議派などに躊躇する動きもあったが、2008年4月の制憲議会選挙でマオイストが第一党になり、共和制移行が決まった。
 共和制への移行で、国王は一市民となり、14日以内に王宮から退去しなければならないことになる。王宮は博物館になることが決まっているからだ。国王からすれば、大いに不満が残るだろうが、今度の「無血革命」は、彼にとって最善の選択になったことは間違いない。受諾を拒めば、国王派軍隊による「人民弾圧」、王族内部の殺害事件など、一層厳しい追及を免れられない、数多くの不利な材料が揃っているからである。
 ネパールでの今度の政治改革は、一見急進的ではあるが、条理に基づいた長期の議論の果てに誕生したものであり、封建的風土からの平和的変革の可能性を具現した例として、大いに注目されて然るべきと思われる。         (2008.05.30)
by shin-yamakami16 | 2008-05-30 18:27 | Comments(0)