世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

昔のパリは今何処?

                    
                               山上 真
 
 今年3月下旬、ロンドンからパリを訪れた。北駅に着くと、紺色の戦闘服を身に着けた国家保安部隊の兵士が自動小銃を抱えて要所要所に立ち、嘗ては和やかだった雰囲気が一変していた。
 翌日の朝、昼食時間に間があったので、公園の椅子に坐って新聞を読みながら春の心地よい陽光を浴びていると、コバルト色の空にちょっと目を遣った瞬間、細い白線を曳いた小さい飛行体が認められた。それが、気がつくと、空のあちこちにあるのだ。「ああ、ここでもやっぱり」と思ったのは、ロンドンでここ数年、しょっちゅう見かけている光景だからである。遥か高空を飛ぶ超音速戦闘機なのだ。ロンドンでの「同時多発テロ事件」以来、ニューヨークでの事件と同様の、航空機によるテロを防ぐ為に、殆ど連日、数機の戦闘機が幾条もの白い航跡を残しながら飛んでいるのが習慣化した。その光景が、このパリでも展開している。
 
 暫く前、サルコジ仏大統領が、これ迄のシラク前大統領の政策を大転換し、ブッシュ氏のイラク政策を支持することを表明したことで、ビン・ラデン率いるアルカイダが、フランスでの「テロ攻撃」を予告したことを英国の新聞で読んでいた。ターゲットとされる中に、エッフェル塔、ロンドン・パリを結ぶ鉄道「ユーロスター」が入っていた。小生、出発前から、内心穏やかならざるものを感じていたのである。
 「パリ、フランスは安心」という気持ちが、長くあった。イラク戦争から距離を置いているフランスは、大丈夫と思ってきたのである。今更ながら、一国の元首の行動(政策)が、斯くも社会の様相を一変させてしまうものか、ということを痛感せずにはいられなかった。パリは変わってしまったのである。
 
 変わったのは外交政策だけではない。「不法移民」を排除し、「社会の屑」は見捨て、「働けば働くほど報われる」社会、「国際競争に勝利する」国家への大転換が始まったのである。斯くして、社会保障制度の改悪、長期に渉る労働運動の成果である「一週35時間労働制」の見直し、学校教職員を初めとする公務員の大幅削減など、これ迄日本、英国などでよく目にする全ての現象が、このフランスでも、「サルコジ改革」によって開始された。
 
 このような強硬策は、フランス社会の様々な面で軋轢を生み出した。最悪の形では、去年来の数百台に上るバス焼き打ち事件だ。各地で若者たちによる暴動も発生した。
 
 CGT、FOなど基幹労働組合は、極めて強力な、かつ粘り強い抗議運動を展開し始めた。社会保障水準切り下げに抗議する身障者、人員削減に反対するリセーの学生・教員たち、裁判官、病院関係者などが一斉に立ち上がった。毎日、フランス中のどこかで、大規模なデモが展開されていた。参加者10万単位のデモも珍しいことではなかった。諸物価高騰の中で、賃上げストも頻発した。
  
 パリ滞在中の或る日、通りに面したインターネット・カフェでメールを書いていると、裏の方向から、何やらマイクを使った叫び声が聞こえ、それが一層大きな響きとなってきた。漸くそこでの「仕事」を終えて、騒音の元の方に行ってみると、「オペラ座」前の大通りは、群衆で溢れ返っていた。辺りの交通は遮断され、警官隊が整理していた。広場になった「オペラ座」前の空間では、様々なプラカードを持った人々の中で、車椅子の人々が目立ち、その数を増していた。口々に「福祉切り下げ反対」を叫んでいた。デモの隊列は、バスチーユ方面から延々と続いていた。

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 フランスを訪れる度毎に気付くのは、ホテル代、食費など殆ど全ての経費が高くなっている事である。過去10年間で、15〜20%の上昇、というのが実感である。通貨がフランからユーロに変わった際に実質的な値上げが行われ、我々日本人にとっては更に、2002年に 1 euro=109 yen だったものが, 現在は 1 euro=167 yen と、大変動したことが根本的原因であろう。日本経済が低迷していることと相俟って、パリを訪れる日本人旅行者、特に団体客はめっきり少なくなった。
 
 フランス、特にパリの持つ都市美、文化的特質の魅力は格別のものがある。「サルコジ改革」を克服して、早く落着きのある姿に戻って欲しいものだ。
 
by shin-yamakami16 | 2008-06-24 14:43 | Comments(0)