世界中で起きている重要な事件、事象についての忌憚なき批判、批評の場とします。


by shin-yamakami16

トリカスタン原発・放射能漏れ事故

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崩れたフランス原発「安全神話」            
                             山上 真

 フランスの地方旅行中に車窓から幾度となく見かけた風景が蘇って来る。長閑な田園と豊かな水を湛えた河川の向こうに、突如として白煙を朦々と紺碧の天空に向かって吹き出している巨大かつ奇妙な構造物が出現するのである。原子炉の生み出す膨大な量の熱を逃がすこの装置は、穏やかな風景に何とも似つかわしくない。何か悪いことが起こりはしないか、という不安感さえ湧き起こってしまうのだ。

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 実に、そのことが起きていた。7月7日、フランス南東部アヴィニョン近くのトリカスタン原子力発電所で、放射能を帯びた大量の排水が周囲の河川に垂れ流されていた。しかも、十年以上に渉ってのことらしい。

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 フランス政府は、開発会社『アレバ』の言うことを信じているだけであった。「安全操業」に徹しています、という宣伝を。
 悪いことには、この事件発覚の一週間の内に、『アレバ』の子会社が、Drôme地方のもう一つの原発で、配管破裂事故を起こしていた。こちらは、「ごく少量」の放射能漏れということだが、事の重大性に変わりはない。

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 フランス環境相ボルルー氏は今度の汚染事故を契機に、全国原発の一斉点検を約束した。現在の所、目立った被害報告は出ていないが、地下水のウラン溶液による汚染で、長期的な被害が懸念されている。1979年の米国スリーマイル島「原子炉・炉心溶融」事件では、この十数年間にガンで死亡する人々が周辺で急増していると言われている。1986年、ヨーロッパ全域に被害を及ぼした旧ソ連・チェルノブイリ原発事故では、直接的死亡者は消防士など31人だが、長期的には、放射線被爆による甲状腺ガンなどで、数十万人が死亡すると予想されている。

 現在、温室効果ガスCO2削減の世界的方向と、原油価格高騰に伴って、原子力発電再評価の動きが各国で活発になっている。既にフランスでは、59基もの原発が稼働しており、総電力の80%を原子力に頼っている。英国では、「チェルノブイリ」以来、ここ20年間、一基の原発も新たに建設されなかったが、ブラウン首相は最近になって、次の15年間に8原発を民間資本で建設する方針を明らかにした。米国ブッシュ政権は、中止方針を覆して、英国と同じく、新たな原発建設計画を発表した。ドイツだけが、「原発中止」の方針を維持しているのは、地理的に近かった「チェルノブイリ」の放射能被害の恐怖を身に滲みて感じているからだろう。

 原子力発電は、石炭、石油などの化石燃料と較べて、極めて大量の電力を生み出すことは確かだが、問題は、「安全性」に加えて、建設コストが膨大なことと、ウラン、プルトニウムを燃焼させた後の放射性廃棄物の処理方法である。これまでに溜まっている廃棄物をどうするのか、各国共に悩んでいるのが現状だ。

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 不思議なことに、このフランス原発事故についての報道が、日本では殆どされていない。筆者が知る限りでは、衛星放送『BS1』が短い特集番組を組んだだけで、新聞報道も皆無である。54基の原発を保有する日本でも、過去に於いて中・小規模の原発・放射線事故が少なからず起きていることを記憶に留めているならば、今度のフランスでの事故から学び取るべき教訓は大きい筈である。


<追記> Le Monde 紙によると、7月23日、トリカスタン原発で新たに100人近くの技術者などが放射線を被曝したことが判明した。
http://www.lemonde.fr/sciences-et-environnement/article/2008/07/23/nouvel-incident-au-tricastin-cent-personnes-legerement-contaminees_1076570_3244.html

<注> 使用写真は、Radio France, Libèration, Le Figaro, Le Point, L'Humanité 掲載のものである。
by shin-yamakami16 | 2008-07-20 08:53